風車と翼

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 風力発電プラントが原発時を受けて論議も出たりしているようなので、とそれに衝突する鳥のリスクと生物多様性の問題について。
 原発を含めどれだけの自然環境が潰されてきたかということを反省点としたら、風力発電とバードストライク関連については、そんなのほとんど問題にならないよ、ではなく,逆にその辺りもきちんと配慮した物にしてほしいと切に思っています。ソフトエネルギーパスの一つの柱として風力発電を進めるなら,なおさらその思いは強いところです。原発に比べればマシだと、閾値を下げたくないのです。
 確かに原発の生態系負荷と同じレイヤーでバードストライクを語れないことはその通りですが,ただ,生物多様性破壊が、直ちに人類に影響はないということを前提にした場合、更に年に何十羽か,鳥をたたき落とすような装置であっても,高濃度放射能汚染物質をぶちまけるほどの蛮行に比べれば遥かにマシだというような単純比較の話になりますと,それなら計画アセスの切られ役として原発持ってきたら,確かにそういう選択を私たちは強いられているのですが、それよりマシじゃないと,何でもやれてしまうのか?という話になってしまいます。
 先進国として、マクロ生物系の知見に関してあまり尊重されることなく野蛮な時代が長く続いてしまいました。過度の搾取って何、それ美味しいの状態の日本で、同じ愚を繰り返すようなレベル低く進めれば、実際のところ問題の検証に耐えうるデータも溜まりませんので,悪循環になります。

 鳥類保護を基本にした生物多様性保護の意味については、少し補足的な説明が必要かなと思います。で,いつもの乱文方式で思いついたことを。



・魚介類を基本とする人にとっての海洋資源,それを育むNやPは,森林が育み川に落下して海まで降下する。
・これら最初の滋養物の流れは大陸棚に流れ込み、更に深海へと食物連鎖により物質の流れは繋がって行く。
・それらの物質の陸上へのリターンでは,鳥類や渚の生き物が徐々にリレーをしながら森林まで戻して行く。実際は微量元素もこの流れで,物質循環は悠久の地球の営み。
・膨大な量のNとPを利用している人間がもしも自分の手でそれを担おうとしたら,費用はうなぎ上りになる。
・もともと人のエネルギーを一切必要としない悠久の時の流れの中で薄く広く物質を撒いては移動させる。
・人間は,実際のところ,植林したり種をまいたりは出来るが、膨大な生物や物理環境が関わる森林の管理を人手で行えるはずも無い。その生物種群を失えば、森は今のようには維持できなくなるだろう。
・例えば江戸前の寿司は,当時の関東の森の隆盛と滋養物が降下する先の東京湾とそれを結ぶ鳥類による物質輸送で花開いた。
・人間は、局所的に大量にまき散らして汚染することは出来るが,森を育むことは出来ない生き物になっている。
・鳥類保護は,愛護とは別の次元の国家安全保障上の生物多様性視点なのだが、表面的な生物多様性視点では,多くが,マテリアル保護の面だけ強調して普及してしまったから,何を大げさなと思われるだけ。
・何故,生物多様性保護に国家安全保障が絡むのかと,コジツケだと思っている人も普通だと思う。巨大で精緻な装置に動き続けてもらうための担保措置なのだが、その流れに干渉する行為の影響について無知であれば,近海の海洋資源など、そのうち人の口には入るものは先細りになるであろうリスクを冒すことになる。
・遺伝的多様性は,進化的なタイムスケールでテストされてきた,あらゆる環境変化や個体群にかかるリスクをヘッジする担保。人間が好きに選んでそれと同じ既製品を大量に作っておけば,大丈夫という箱船ショーケースカタログ世界では意味が無いことを示している。
・そしてそれらの関係性とそれから生み出されるものも同等に重要だという視点に立てば,箱船の中のカタログ的な保全では無意味であることが分かる。
・そして,カタログからアフリカ象が落ちることは,直ちに人間が困る状況が生じるとは考えにくいが、関係性の機能喪失の影響範囲とニッチェを代替出来る候補の少なさを考えれば、簡単に問題は生じないと言えることではない。
・勿論,環境問題は数の問題だから,『直ちに人の生活に影響が出る』ことはない。生物多様性破壊で地域が衰退した例は沢山あるが,急性毒性みたいな人の死が出るはずもない。今のところは。
・栽培漁業があるさ,と思っている人が多いようだが,よりステージの低い小魚などの天然資源を餌にしているわけだし,その小魚は天然のプランクトンと生息場所として機能する生態系資源に依存しているわけだから、先に打撃を受けるだろう。農業も,海鳥の糞塊が元になっているリン鉱石が無くなると,コストよく効率よくP源を求める方法は,大規模農場になるほど困難になる。実は,コンビニに並んでいる食材も含め,実際には『人間の手だけで』作り出せる食料というのはほとんどないのだ。
・近海漁業が全滅しても輸入する手もある。他の国の生物多様性保護にただ乗りして、「都市だけ国家」になり,食料を輸入しながら生き延びるオプションを考えて見ると、実際は危うそう。
・ただでさえ、中国などが大きな胃袋を満たすために経済という武器をそろえ,海洋に淡白資源資源を求めるようになってしまった今,『過度の搾取』に対するコントロールは日本がやりたい放題やっていた時代より、更に困難になって行く。それを止める理屈を日本自身が理解していない。海洋資源枯渇は石油よりは確実に早く来る。
 オレ、コンビニの飯で十分だよ、足りなくなったら海外から買えば良いよと思っている人達は,それらを作り出すための源をたどると、実は農地や工場がスタート地点ではないことは知っていた方が良いと思う。

 と以上は、枕みたいな前提となるお話。 さても,日本人でも,まだ生物多様性が減少して死んだ人は居ないわけで、温暖化も同様ですし,もしもそうだったとしても直接因子として認識されることは多分無いでしょう。短期的死亡が生じるリスクとこれらの問題は区別しなければなりませんが、それゆえ、実は誰も困らないのじゃないかという話になりがちですし、実際,でっかいプロペラで大きな猛禽類をたたき落としたとして,それで何の問題が生じるの? 動物愛護問題じゃないの?っていうのがもっともな反応だと思います。

 代替エネルギーは適材適所で,原発のように一点突破,大量資本投入,林のようにでっかい風車が林立!みたいな話ではないと思いつつも、環境問題は数の問題なので、エネルギー戦略として本気で風力発電プラントを増設した場合,それに見合った建設が進むわけで、そのときの環境負荷や状況をどのようにイメージするかという話は結構重要でもあります。実際日本の全電力を風力でまかなおうとしたら,海上にとんでもない量のプロペラが林立するわけですが,現実的にはそうは絶対ならないはずです。ただ,ある程度押し進めた状況での国内での環境負荷ということになると、一つの風力プラントの影響×設置基数みたいな話を考えねばなりません。
 今のアセス法を持ち出さなくても、個別の影響が大したことない構造物についての総体としての影響は,どこでもなかなか吟味してくれなません。とにかく個々の影響を最小化することはそんなに馬鹿にした物でもありません。奄美大島などで林道等の開発は,寸断して工事を進める限り,個々に評価すれば影響は些少ということになるからくりにやられ続けて何十年か経ちました。そうすれば、何だって、どんな開発だって影響は些少のまま進められます。
 「思いっきり殴らせてくれ。百万円やるから。」「やったー。いいよ。」で,100人が同じことを貴方に申し出て実行することが決まっていたら、小金持に成れそうですが、その前に,鬼籍に入るかもしれません。致命的な環境問題が発生する場合の量的側面を思うと、先に予防線は、張らざるを得ません。

 てなわけで,効率面から、本気で作った風力プラントは実際,結構な領域が覆われるように巨人の斧のような風車のついたタービンがが立ち並ばざるを得ない状況を前に、環境負荷を最小化するための考え方は,よりしっかりしていないといけないと思っています。
 大切な技術であるが故、生み出す人達だって,その恩恵を受ける人達だって、なるべく野蛮な装置にはしたくないと思います。原発の酷い事故で、その辺り、自分も含め閾値が下がらないように踏みとどまらないといけないと逆に思い始めました。ソフトエネルギーパスが達成できるかの瀬戸際で、現在,実績のある技術の一つについて,あえて鳥の問題を考えてみたいと思います。

 某所の風力発電書、夜の風景(いつもと違う方法でアップ)。この照明が薄暮〜夜間に活動する鳥類にとってはくせ者で、それを避けるように飛行しているところに上から「巨人の斧」が落ちて来るパターンもあるらしいので,安全対策上必須の照明とは言え、夜行性鳥類に取ってはなかなか難しいものがあるようです。ジャイロミル型の発電プラントでも,風車型よりマシに見えて、大きな代物だと回転ドア的な事故のパターンはやっぱり生じているようです。
 鳥類やコウモリの死体は,落下した後,様々な動物にもって行かれるので,定期的に下をセンサスするだけでは、どのくらいの衝突事故が起きているか分からなかったりというのもあります。
 風力発電プラントの供用に際して,鳥類へのインパクトを最小化するには、これらに付随する送電線自体の位置にも注意を払う必要があります。飛翔する鳥類個体が,プロペラに意識をとられて、そっちに衝突する事例が発生するからです。
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関連レポートや論文を見ていると、ある文献,10カ国(多くはドイツですが)127の研究レポートからの検証では、風力発電プラントの敷設地帯では,なかなか繁殖成功度に関する統計的な差として影響を検出できている種は見つからないようです。おそらく鳥類に負の影響を与えているだろうという想定は鉄板なのですが、簡単に検出できない。これは風力プラントからのインパクトに弱そうな種ほど,その希少性から調査サンプルを集めるのが大変なのと都合良く影響比較できる営巣サンプルが見つかるわけでもないので,その部分ではなかなかはっきりしたことは言えていないようです。これは影響が無いということではなく,調べれば何でも簡単に検出できる,分かるんだと思っている人が結構おられるのですが、野外の生態系は,そんなに簡単な系ではないということです。
 鳥においては、勿論他の発電施設同様、移動や利用生息場所からの排除が生じてしまうので,風力プラントなりの影響を見ようとすると,その辺りも簡単ではありません。一方で,レベル的に高いとは間違っても言えないアセス分野の関係者でも、鳥はヤバそうになったらどこかに飛んで行くから大丈夫なんてことことはさすがによっぽど理屈が分かっていない人以外は口にすることはなくなった。元々利用していなかったところが別の機能を持って利用されてしまい、そこからもとに戻すために排除するのは意味があるし、そういった状況はまあ負の影響とは無関係でしょう。
 ただ,「そこから居なくなったけど個体はそこでは死にませんでした」は,検証すべき視点ではなく、その利用生息場所からの個体の排除も,立派な負の影響とも言えます。

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しかしながら,検証すべきパラメータは個体の繁殖成功の違いです。百年の野外寿命を持っていても,仔を1匹も残せない個体の適応度は0です。従って個体群への影響は,最終的にはこの生物の最終的な通貨で比較しないと意味が無かったり。実際のところまともなアセスと呼べるものはこの繁殖成功パラメータを測る努力をして初めてまともと言えると考えられます。
 さて,このパラメータの検討は確かに容易ではないのですが,非繁殖期間においてガン類,カモ類,チドリ類,タゲリと言った種群については地域利用個体にはネガティブな影響をもたらしているという報告があります(Thomsen Kai-Michael, Jeromin Heike, Michael Otto and Hoetker Hermann 2005. Exploitation of wind energy - A problem for larger birds? Windkraftnutzung - ein problem fur grossvogel? Ornithologischer Anzeiger , 44(2-3): 185-192. )。ただし、先に書いたように,こういった検証では,現地で繁殖を行わない種は影響が見えにくいのはしょうがないとしても、そもそも数が多くて,よほど悪影響が進行してからでないと全体把握できにくいことが一方であります。個体が落とされても周辺個体群からの供給が比較的簡単に生じる場合、局所的な個体群にインパクトを与えている状況というのは簡単には分からないと思われます。
 勿論、周辺を生息場所とする鳥類の生態学的な共通通貨としての繁殖成功度というパラメータに着目した仕事は,特に電力会社主体のアセスという『調査』が「ここにこれがいました。ここをこれが通過しました、ここにこれがいました、いました、ここにはいませんでした,通過しました、止っていました。こんな風に飛んで行きました(ぐりぐりぐりぐりと線を書く)」の観察日記レベルが主体の日本では,そのクオリティに達しません。
 画像は,普段見せることが無いほど高速で高高度までの急上昇を果たして大陸に帰って行く北帰行時のマナヅル。
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そして,ナベヅルの群れです。いわゆる北帰行と呼ばれる行動のイベントですが,まあ渡りの復路に当たるわけです。そのコースの周辺には、一番上の画で見たように,風力発電プラントが結構立っているわけですが、一応ヤバそうな場所は,計画図面から結果的に外された結果、一番最初のリスクとなる未明に飛んでくることも多い渡来期でのトラブルが最小化されたことと,ツル類自体も,普段のアセスから,ヤバそうな物の位置を把握していることと(このように鳥類個体群にアセスメント行動を行える余裕を持たせるのは,重要な対策の一つと考えていますし,実際そういった論文は海外にはあります),この地域には、越冬中はほとんど飛来しての利用がないということから,ツル類の個体群において致命的な脅威になる方向は防げたようです。また,彼らが最長では30年近く生きる(野外でのデータはそんなに長くありません)長寿種なので、アフリカ象と同様に,長年の情報の集積が可能で、且つ経験の浅い幼鳥期においては,その経験のある親のケアを受ける期間にあたるということで、まあ,要するに、こういったもののリスクを避けることについては,かなり長じた種であるということがそのまま効いていると思われます。こういう渡りに関する干渉は,大幅な制約がかかるわけではなかったら、コースさえ外れていれば,問題になりにくい。ただ、目立つ鳥類はチェックしやすいが,そうじゃない種間でフォローするのはかなり難しい。
 一定期間内であっても,狩りのために地域への常在性が高く、また地上の餌動物の発見,監視に忙しい猛禽類はその限りではありません。日本では,枚挙的な記録が精一杯なので、危険率評価としてパラメータ化したデータはありませんが、スペイン,ジブラルタル海峡の渡りの通り道で、1タービンあたり、グリフォンハゲワシGyps fulvusで0.15個体/年,およびチョウゲンボウ Falco tinnunculus で0.19個体/年の死亡率というデータが出ています(Barrios Luis and Rodriguez Alejandro 2004. Behavioural and environmental correlates of soaring-bird mortality at on-shore wind turbines. Journal of Applied Ecology , 41(1): 72-81.)。
 まあ,ここの風力プラントの規模はかなりのもので、私の写真でお見せしたレベルのものではないことも確かなのですが、本気で風力発電プラントにエネルギーパスの一端を担わせるとすると,規模についても先入観を持つのも拙いかなと思ったり。

 ドイツ,ワルデック-フランケンベルグ地区の北西にある25㎢の影響調査地域で,鳥類種169種が観察され,内,53種にリスクがあるとしたレポートでは,猛禽類については,ヨーロッパノスリButeo buteo、アカトビ Milvus Milvus等(他チョウゲンボウ Farco tinnunculus、ヨーロッパウズラ Coturnix coturnix,ヨーロッパヤマウズラ Perdix perdix,ヒバリ Alauda arvensis,マキバタヒバリ Anthus pratensis,マミジロノビタキ Saxicola rubetra,オオモズ Lanius excubitor,セアカモズ Lanius collurio,ハタホオジロ Miliaria calandra),影響は小さくないことが示され繁殖成功に差が出ています。 よくぞ出したなぁ。
 また、群れサイズによる反応なども述べられています。徹底的な鳥類に関する調査なしでこの領域では風力発電機を建設すべきではないと結んでいます。(Sommerhage, Maik 2003. The Vasbeck Plateau: Conflicts between a bird hatching, passage and resting area of supraregional importance and the site of wind parks at the northeastern fringe of the Waldeck-Frankenberg district (North Hesse, Germany).] Konflikt zwischen einem ueberregional bedeutsamen Brut-, Durchzugs- und Rastgebiet von Voegeln und dem Standort von Windkraftanlagen am nordwestlichen Rand des Landkreises Waldeck-Frankenberg (Nordhessen). Vogelkundliche Hefte Edertal, 29: 6-36. 元文献はこっちなのでドイツ語の方でも記しておきます。“SOMMERHAGE, M. (2003): Die Vasbecker Hochfläche. Konflikt zwischen einem überregional bedeutsamen Brut-, Durchzugs- und Rastgebiet von Vögeln und dem Standort von Windkraftanlagen am nordwestlichen Rand des Landkreises Waldeck-Frankenberg (Nordhessen). – Vogelkundliche Hefte Edertal 29: 6-36.”)
 重要な点は,繁殖成功という,生物個体の適応度を測る共通通貨を手に入れた近代生態学における知見をきちんと生かしているかそうでないかということがまず一点。そしてその当たり前の知見に立つことを当然とすることが出来ていない国内のアセスだけではなく、大学知識人の状況と諸外国,特に生物多様性の花火があがっても何も変わっていないこの国の状況との乖離が何によるものかということです。調査検証費用を一度国庫に入れて、というやり方がベストかどうか分かりませんが、調査費用自体は開発者が自前で使うという金の流れの限界もあるし、平行して走っている類似の開発を考慮して,なんて真似も,中央の一括した環境審議が存在するとは言え、先に紹介したEU諸国のレポートの立脚地点と比べれば、データ的にも少しずつは補完出来ているとは思えないのが今のシステムです。
 もしも生物多様性保護が人々の生存権と密接であるという認識なくして主張していくと,壮大な欺瞞か愛玩感情の暴走にしか見えませんよね。一方で,結局は人間のためじゃない、生物を守るとか欺瞞じゃないのというような中二病的な反撃も食らうわけです。いやね,そうなんだけど,その影響力の大きさからとりあえず,自然に対する執事として彼らを守るのも役目としてあるわけで。で,そこを否定する人は,人間が何やったって大して影響無いよ、温暖化もあり得ないし、絶滅なんて地球上で繰り返し沢山起きてきたじゃんと、人間の影響を過小評価する暴論で固めようとする。

 今から15年ぐらい前、1997年頃に環境教育に関する教育分野で生物多様性にコミットした内容が行われているかどうかのランキングでは,先進国中,日本は最下位でした。今の子供たちの方が、多分カリキュラム的にはある程度学ぶ機会が用意されてるはずです。遅々として理解が進んでいない状況は、COP10の前と後の比較などを見ていても感じるところです。
 で,まあ、上記の視点に立つようなことも無く、趨勢から適当なアセスをやって、どんどころくなものじゃない方法で環境への影響も検証されずに作られたらっていうのが杞憂とは思えないわけで。
 先に、それやったら駄目だかんね,と主張しておくことは,とりあえず拙くないと思っております。

PS-これだけ注意深く書いたつもりでも,作る場合にどのように何に考慮してほしいという意味としてではなく,作らせない材料提供に資するものを書いていると受け取る人がおられるので、もう一度,何をどう伝えるように書くべきかがまだまだ課題があるように思いました。
 多分,『閾値』と書いた部分が、或る場所に作れるか作れないかの閾値という風に考えられたのだと思います。そうではなく,そういったことに十分配慮しながら作っていくことは可能であると考えた上で書いたのですが、余計な横やり、妨害に有利に働いてしまう材料とお考えになるのなら意図が上手く伝わらなかったと考えます。
 なぜそうとられるのかは,或る意味分かるのでして、今回のエントリでは、それに配慮したら、どのくらい設置制約がかかるか,生物多様性保護に考慮してもかなりの,あるいはそこそこの自由度があるのか無いのか,ということを示していないからだと感じました。それを考慮したら、とても無理やない,てな話になれば、確かに遠回しのソフトエネルギーパスの妨害としてとる方もおられるのかなと思いました。私としては、作るにしても活断層の上に原発作るのは避けていて当たり前というレベルの話として書いております。
 この辺り、宿題を頂いたと思うので、また、資料を集めて、書いて行きたいと思います。
 ちなみに,「反再生エネに援用する尻馬どもを増長させないための配慮を拒絶」する気があると判断されるとするならば,そのあたりは,よく分からなかったです。
 後、気になる点を書いておくと,原発が相当な重要度を持った温暖化対策にされてしまった国に住んでいるので、温暖化のことを書くと反反原発派とくくる方もおられたりするのを見て,結構驚いたりしています。

追記2−ガイア理論は,私のような人間から見ると確信犯のラヴロックによるエコシステムの擬人化トンデモとしか言いようが無く,自己組織的に見えるものは,生き物にアナロジーしてもおかしくなかったりします。自立型の外側有機体ロボットを一見したら生物かロボットか判別できないように。
 だから生態系の機能説明していると,ガイア仮説を知っている人から見るとその話をしているように見えたりします。ただ、ラヴロックやマーギュリスも同様ですが、マクロ生物系学正道を学んだ人よりも,非生物系,非マクロ系から関わる人の方が、あの話が魅力的に見えたりするのだなという傾向は感じたりしています。
 また、『執事』という言葉が、理解に働く方,拒否感が出る方色々分かれる表現だと思っておりますが、ガイア理論みたいなニューエイジ的なもの、ディープエコロジー的なものを外してものを考えたいというのが私のスタンスです。また,猛禽を打ち落とす巨大風車の羽と,イルカに振り下ろされる棍棒と何が違うのかというところを論議するところまでもって行くのは今回の論議の目的ではありません。

追記3−大学や自然保護関連組織が,アセスそのものを行ったりすることはあります。某大学の移転先の地域,生態系研究室の威信をかけた調査とミティゲーション措置の提案と実施が行われていますが、まあ,例外的です。アセス法に基づくアセスメントは,抑,規模が大きく,或る意味,お金もかかっているけれど、枚挙的な生息生物種の地点落としとそのリスト,後はゾーニング的なミティゲーションが手一杯みないな感じになっており,切られ役を作っての計画アセスになっているレベルなら、まだマシな方というのが私の印象です。
 アセスメント関係の会社は,黎明期は,極端な話,開発者の手先?ショッカーか?みたいに考える学生さんも多く、生態学徒の就職先としてはあまり機能していない感がありました。といっても全国的な状況を見てというわけではありません。私の周辺だけの印象。確かに今は就職難の折というわけではなく、それ以前からそれなりの学生さんが普通に就職する状況が進んで、かつてよりは良い方向に進んでいると思います。別に昔からショッカーではないですよ。問題はシステム的なものだと感じます。色々思うところはありますが、一番,内心忸怩たるものがあるのは,中のマクロ生物系の人達かもしれないと思っています。
 それでも,某学会会長であった恩師がその手の集まりに呼び出された事があって,後でなって私に云うには,「c_C,当時俺は,彼らの話している中身を聞いていて、日本は潰されると思ったぞ。本当にそう思った。今はあの時を思えば、大分マシだ。お前はその立ち位置からこちらには関わってこんのか。」でありました。今から15年以上前の話です。
 そのとき私は私の闘い方で精一杯だったのですが,故に今は,こういうお話をゆっくり始めても、なんらかの意味が出て来るかなという状況だと思っております。ともかく関係者が一緒になって知恵を出し合い良い方向に向かうには,問題共有のところに立つという作業は重要だと思います。
 調査の監修や検討委員に,プロの生態学者も普通に関わる状況になっていますが、時間的,経済的制約が先におかれており、更に有意義なコメントもグランドデザイン毎,うまいこと評価,計画修正できるようなシステムが無いという前提においては,専門知を有効に機能させられる例は多くはないと思います。
 私が心配するのは、門外の方や関係する若い方が見ていて、ああ、生き物への影響を調べるって,そういうものか、それで良いのか,と思ってしまうことです。また,むしろ門外の人達の方が、ええ? そんなんで良いの?専門外なので分からないのだけれど、大丈夫それ? あの先生,本当に専門家なの?私が思いつくようなことを言ってるだけだけど,と気づかれて行くという捻れも生じて行きます。類似の事象は,あちこちの分野でも生じているだろうなと、原発の状況を見ていて思います。分野の知識,見識はそんなんじゃないよってのもどこで示すかというのは、色々難しいです。
 機会があれば、別エントリで,このでっかい風車みたいな装置について,どういったミティゲーションがあるかということについて,鳥類行動や海外の例を含めて,考えて行きたいと思います。

追記ーこの記事、急にアクセスが跳ね上がっているけど、理由はよくわからない。
とりあえず、所見の方々には、当ブログでよく読まれている記事リストはこんなところ。ご参考までに。

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by complex_cat | 2011-06-08 17:17 | Oracle of Cat King | Trackback | Comments(0)

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