ともかく,半端なもらい方をするのも相手に失礼なので,段ボール一箱貰ってきた。小柄な島嶼のシカだが,あばら肉は巨大だったので,砂糖醤油+七味唐辛子の漬けタレに浸そうとした鍋が肉だけでいっぱいになった。タレを大量に作るのも何だったので,かけ回した。中央に見えているのはそれで,血液が溜まっているわけではない。本当は燻製にして,少しずつ削って楽しもうかとも思ったが,手っ取り早くタレに漬けて焼いただけという料理未満。
食材商品化における鹿肉利用のボトルネックの一つは,精肉にするための鮮度を確保するような狩猟の流れがかなり大変だということと解体などの作業自体の負担で,後者においては慣れた猟師さんでも一日潰れてしまう。結果的に一種の趣味,ボランティアに等しい。当然売り物にしようとしたら人件費として反映されるわけだが,実際かなりの手間がかかる。
農水相は,既存の牛豚の解体処理施設のラインに野生鳥獣を流さないようという方針を打ち出した。現状の病害生物リスクなどを考えると,供用を避けるのは当然なので,その部分でも別ラインを確保するという負担を自治体などが負うのは簡単ではない。コスト計算すれば,かなり条件が良くないと,まず赤字になる。取り組んだ自治体なども持ち出しが出てしまう。それを最初から覚悟してやっているところもあるのだが,ブームに安易に乗って始めたところは,自治体であれ,個人でアレことごとく失敗している。養鹿して品質と安定供給に動こうにも,今時穀類など餌の高騰などでそっちも難しい。
だから,購入するとしたら楽天などでも大量の業者がヒットするけれど,実際はそんなに簡単な商売ではなかったりする。イノシシ肉などの販売ルートやノウハウがあるところが,そのフォーマットに便乗させて売っていたりする。
それなりにあちこちのシカ肉を食べてきたが,屠殺や血抜きの技術,鮮度,冷凍や熟成の方法,更に部位の違いなどで,全く味が異なる。一度や二度の経験を一般化しない方が良いと思い知らされる。勿論,びっくりするほど美味いシカ肉とその料理を経験したのなら,それは価値ある経験だと思う。
砂糖を含んだタレが焦げやすいので,火の番は結構大変。燃料は,何年か前に枯れたウインターサボりーをばらして積んでおいたものが上手く乾燥していたので,それを使った。今時炭代も馬鹿にならないので。
焼き上がったらよく切れるナイフで削ぐように肉を外して皿に盛ったら,皿一杯になったが,成長期の息子たちの胃の腑にあっさり消えた。余り肉食を得意としない次男も食べていたのは癖がないからだろう。季節や捌き方で獣の匂いが鼻につくような肉も珍しくないので,理想を言えば,食材を扱うプロの職業経験のある猟師さんの手によりものが最高。
圧力釜で前処理したシカ肉を,トマトとオレンジ・マーマレードのソースで煮込んだもの。これは絶品だった。フルーツは他にグランベリーソースなどを使うのが,有名だが,シカ肉の何か物足りない部分を補って,且つ,脂身の部分まで大変美味しく頂ける素晴らしい知恵だと感じた。本来なら,じわっとゆっくり普通の鍋で煮込んだ方がよいのだが,これはこれで時間が係らないので,私の性格に合う。見てくれは余り良くない素人料理だが,美味しいことだけは確かです。
エゾシカのように脂肪分が高い肉だと,料理はまた違ってくるだろう。
同じく下ゆでした肉を使って,パエリアを作ってみたが,癖のない馬肉に近い肉だと,こういった方向の料理は楽だと思った。燻製か,ハムにしておくのも良いかもしれない。肉自体の色味は,調理するとあまり美味しそうに見えにくいのが,シカ肉の難点ではあるが,家族も一口目はおそるおそるという感じで,後は,競うように皿から無くなっていったから,それでOK。
鹿ランチは家族全員に好評だった。特にワイフは,普段小食なのだが,得意なものが出てくると普段は三味線弾いているのかと思うほど食べる。公陳丸がそういう猫だったが彼女に似たのだと密かに思っている。
まあ,料理は成功だったということかと。
ハツも手に入ったので薄く切って生姜焼きにした。豚や牛のそれで食感を教えてあって,これも子供達には大好評であっという間になくなった。
全体的に和風料理より,洋風料理の方がやはり合うなと感じた。そのあたり,「単純に焼き肉にしたものが美味しい肉」が好まれる日本では,なかなか食材として使う人が増える方向には行かないだろうと感じる。食べる機会の多い人は,結果的にロースだけを選んで,しかも刺身で食す方向に流れていく印象が強い。
刺身は馬刺しに匹敵するような美味しさだが,カンピロバクター以前に,感染率がイノシシより大幅に低いとはいえ,E型肝炎のロシアンルーレットを試せるかどうかということになる。ルイベにしても,そのリスクは変わらないのだが,一方で刺身を楽しんでいる人たちは,それなりの山村に行けば決して少なくないという現状もあるので,私自身,このテキストを免責的に書いている部分もある。
禁じ手の刺身が,料理としては重要な解法であるというのは結構あって,ジストマリスクの高い雷魚なども刺身はフグのように美味で病みつきという人を知っている。獣医の先輩だったのだが,「なに,度数の高い酒と一緒に流し込めば大丈夫」と嘯く豪傑の話。その先輩が,在学中に「恩師には,雷魚の刺身を一回は賞味させる」と宣言したため,「c_C君,ボクは彼みたいに丈夫じゃない。殺される。」と,その先輩から逃げ回っていた教授がおられた。勿論,逃げ切ったこともあって,未だ存命だ。
好奇心の強い食い意地の張った馬鹿な後輩であったが,流石に唐揚げ以外で雷魚を試す元気はなくて,その先輩に,「是非!」とお願いすることもなかったが,最悪フグで当たるのと,どっちがマシだろうかと,ぼんやり考えた。「刺身」という料理手段は,その食材においては本当にとんでもない解法だと思うが,意外と味的には正解だったりするので厄介だ。
ワイフと二人だけだったら,ホームパーティでもなければ,最初から段ボール箱いっぱい貰ってきて料理してなんてことを考えなかったかも知れない。よくそういう集まりをして,料理の腕を振るってくれていた仲間達も,散り散りになってしまった。ご近所にも配りまくったが,なかなかすんなり食べてみようという人もそんなにいるわけではない。地方都市だからと言って,その辺りの感覚は,殆どの人は大都市生活者と変わらない状況にある。チコがネズミ獲りに出張っていくお宅の旦那さんの方は兄上が漁師経験があるので,味を知っておられて喜んで貰って貰えた。意外に,地方では美味い食材は豊富で,多様性も高いので,寧ろ好物が決まってしまうと食べ物に対しては保守的だと感じる。例えば,屋久島で手に入れたヤガラとメンダコは,現地の漁師の中でも,私と私の友人以外の人間は手を出そうとしなかった。前者は種類にもよるが,基本関東では高級食材。後者は生態すら余りよく分かっていない,浮遊生活型のクラゲみたいなタコ。一種のゲテモノだがカレーにしたらとても美味しかった。随分前の話なのだが,今はどうだろう。
実家に戻るときに,次回は一塊都合して,悪友達と食べようかなと考えている。