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秋来(しゅうらい) #3

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島で廻った常緑の林にも,夏緑樹が混ざる。ヤクシマオガラバナ Acer capillipes var. morifolium (KOIDZ) HATUSIMAやヤクシマサルスベリLagerstroemia subcostata var. fauriei等が混ざる。これはこれで,当たり前の酔う西部て紅葉する夏緑樹林のそれとは,また違う美しさを感じる。
 と,久しぶりにテキストに学名を入れてみる。ラージ/スモール・キャピタルを使うって結構素敵。



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相変わらず渓流の水は澄んでいる。その裏返しで生命反応は脆弱だが。屋久島には純粋な淡水魚は自然分布していない。遥か昔にヤマメを放流した大学人が居るのだが。それはそれで特定の地域では当たり前のように繁殖しているわけで移入種問題的には話題になったりする。
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キノコには詳しくない。裏側を撮った画もあるのだが,後で調べられるかな。とさらっと流す。この分野,もう少しわかれば,かなりまた世界が広がるので,ちょっと悔しい。詳しい人について廻らないと,やっぱり難しい。
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マテバシイLithocarpus edulisの堅果(ドングリ)が,本格的に落下し始める。かつて本種の属名Pasaniaは。「食べられる」という意味だったと記憶しているが,茹でて子供たちに食べさせた話は以前に書いたが冷えるとえぐ味が目立つので,太宰府天満宮などでは銀杏と一緒に煎って売られているような美味なシイの実と違って,熱い内ならなんとかという味。それでも,粉に挽いて水に長時間さらさないと食べられない他のドングリと違って食用と煎ってよい味。長崎などでは海岸に広がっているマテバシイ群落のかなりのものは幕藩の飢饉対策としてできあがったものという話もある。ヨーロッパにおける氷河期以後のシイカシブナの分布にもかなり人間の影響があるという話があるが,散布者としてヒトという動物は,桁違いに優秀であり,それが屡々混乱をも,もたらす。
 公園の植栽樹など思いっきり光の争奪戦をせずにすんでいるものに比べると慎ましい大きさだ。樹冠を簡単には展開させてもらえない森林の個体の中には座薬のように堅果が細長くなってしまうものも,珍しくない。
 ドングリの豊作(マスト・イヤー)裏作がなにかとんでもなく特別な事象だと思っている人たちが居るようだが,年次変動は例えばスダジイのように4年程度で繰り返される種もあるし(IBPのデータが結構ある),本種のように年次変動があまり激しくない種もある。
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この時期,シカの胃袋の中の堅果の常在度は高い。シカの食性に「スダジイ」とか「アラカシ」とか「ミズナラ」とか堅果を生産する植物名が出てくるが,樹木の葉や樹皮だけではなく,堅果もメニューに入っていることは専門家以外は余り知られてない。
 本種の同属にやはり常緑のシリブカガシL. glaberがあるが,「尻」が凹むのはLithocarpus属の特徴だ。野外において常緑のドングリではスダジイ/コジイに比肩して野生鳥獣に一番人気,十分食べられる味だが,野外で3年ぐらいそのままの姿で平気で残っているものがあったりする,マテバシイに似ているがかなり丈夫なドングリ。もちろん「しいな」(中身が空っぽで発芽能はもちろんない。もともと籾における判別としての表現)であったりするわけで,数年後いきなり発芽なんていう器用なまねは堅果ではほとんど無理だ。乾燥しても水没しても堅果がお陀仏になる種類は多い。
 だから,野外での保ちはあまりよくなくてしかも,大型で消費者が多いので,割と速やかに発芽できるものは発芽して,根が地中に潜りこむ。細い尻尾を生やした堅果は,根っこに本体の栄養をすべて転送してしまうと,マテバシイなどでは堅果本体はぽろっと「尻尾」から外れてしまう。付け根だった部分の円錐形の成長点だけを僅かに地上部に曝した「尻尾」は,展葉を待つのみとなる。もちろんそうなると利用鳥獣の餌にはならない。
 アカネズミ,ヒメネズミ,タヌキ,ニホンジカ,ニホンザル,ツキノワグマ,ヒグマ,カケスなど利用者が多彩な堅果だが,争奪戦が激しいところは枯渇してさらにシカによる植生への食害がひどくなるし,都市公園や上記の動物のアプローチできないところではそのまま車につぶされてさらに分解者に近い方の動物に消費されていく。
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降雪地帯はほとんどないとはいえ,常緑の冬を迎えるヤクシマザルの動きも,ちょっと変化が生じる。小猿集団が結構目立つ時期。彼ら同士の遊びを見ているのはかなり楽しい。アブラギリの上で何か考えているこの若い個体も,下に居る連中とひとしきり遊んだ後の一息。
 ちなみにこのアブラギリ,脂を林業用に求めて植栽される歴史を持った移入種なのだが,大型の実を利用する生物もほとんどなく,葉っぱもシカに食われず,屋久島の遷移の陽樹侵入段階では覇王となって自然林分を侵しつつある。ナチシダ,ハスノハカズラ,アブラギリとくれば,シカの採餌圧がものすごく強くで,植生が破壊尽くされた果ての構成植物要素という感じ。実際,アブラギリの広がった純林に近い群落を見ると軽い目眩を覚える。
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亜成獣のソシアル・サーモレギュレーション的な集まり。こう云うのを見るとそろそろ冷えてきたな,と感じる。同じ群だから,お互い緩いkin(血縁)ではあるのだろうか。
 今本土で追っ掛けているニホンザルの群は,ここの群と比べると遙かに巨大で,100頭を越えたりするが,マジですかと慌てて数えることができる時間も僅か。あっという間に通過していく。その群は農作物被害を与えていて,小猿の割合も多い市営葉状体も悪化しない。逆に言うと農地より栄養供給が行われてしまっている。こんなにゆっくり観察できない。こういう滞留の状況は,観光客接触なども含めた間接にせよ直接にせよ一種の給餌イベントが生じているというのが要因として効いていると思われる。あんまり保護管理的には良い状況ではない。小猿は可愛いのでこれを見せたがる環境資源利用といいながらの観光協会的意識との調整は結構面倒。
 各都道府県の農政部局が,野生鳥獣を誘引する作物の収穫残渣やゴミの始末を、農村での集落管理に強力に求めるようになってきているが,農作物にアクセスできるようにしてそこの栄養に満ちた美味な作物を山野でシビアな環境で鎬を削っている野生鳥獣に食わせてしまえば,それは結局生態系を浸食するほどキャパを越えた個体群を作り出すのに手を貸す可能性がある。森林生態系がボロボロになっていっても個体数が落ちずに被害が深化する。人間の生産する食べ物へのアプローチを遮断しないと,即ち農作物有害鳥獣対策をきちんとやらないと日本の山野も守れなくなるということに気がついている人は余り居ない。お百姓さんは,サルやイノシシやシカに大切に育てていた作物を食われて悔しいわけだが,俯瞰して現象を見ると被害が酷いほど,結果的に人工給餌が行われているのに等しいわけで,生態系保護管理においても,里山から連なる農耕地の鳥獣からの死守は,正に重要な戦場ということになる。
 「人間は餌を与えたがる」サルだというのは,私も含めて自覚するべきだが,その誘惑は結構強力だし,個体群保護をさしおいても目の前の個体に死んで欲しくないという判断に流れる人は,普通だと思う。問題は,それが生物学的な根拠を持った方法論として修飾されいるのとは裏腹に,余り個体を救っていない上に,個体数やホームレンジの変化,餌資源の実体,利用環境の構造等,保護においてその影響の検証の前提となる必須調査など全く考えてもいない次元でやられているということかもしれない。まあ,林道近くに局所的に,餌場を作っているようでは,最初から話にならない。もしも深山ではなく,まるで誘導するような場所に,何がどのくらい利用するか,その影響で何が起きているのか全くモニタリングせずに,餌を持ち込む行為であるならば,それは,なかなか面倒な話ではある。
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この手の価値感で動物にともかく餌を与えてしまう人たちには,ニューヨーク州も手を焼いているようで,これはシカとムース(ヘラジカ)への人工給餌への渓谷のためのページで(‘Deer and Moose Feeding Regulations What are the restrictions on deer and moose feeding?’),こっちは,なにやらどこかがマネしているような,アメリカクロクマへの人工給餌作業を主張する一人の「生物学者」の話とそれに対する圧倒的多数の反対意見の専門家たちの反論の弁(‘Please DO Feed the Bears, Biologist Says ’)。
 給餌は緊急避難的にげんていてきに使われるべき劇薬的な手法だが,それが「野生動物保護」的な正道のように喧伝されて,更に組織的に行おうという状況は,日本ではあまりなかったことかも知れない。単発的にはそういう人には,結構出遭ってきたが,ここにいたっては,更に野生獣類と人とのややこしいインタラクションを増やすことにしかならず,更に人的被害問題から,撃ち殺されることになる可能性の高い肉食獣を作り出すことにしかならない「シカ対策としてのオオカミ導入」を唱える人たちと意外と仲良しということで,一見不思議なことではあるが,寧ろ「理屈でない」という部分が重要なのかも知れない。
 ちなみに,チコの力を借りて,オオカミをシカコントロールのために放獣することのトンデモさは,以前ここに書いた。これ書いたときには,結構下火かなと思っていたが,この手のコンテンツはUFO等と同じで案外,不死身だ。
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カシノナガキクイムシにボコボコ穿孔されているマテバシイの幹。こうやって樹液が流れ出ている様子は血を吹いているようにも見えるが,この段階は,未だ樹勢が落ちていない。やがて腐朽菌が中で繁殖し始めて,それをキクイムシは食料にするわけだが,そうなると樹木は枯れ始め,紅葉したような枯葉だらけの枯死木が森の中に目立ち始める。
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少なくともこの画にあるような個体は詰みであることは明確である。傍芽もシカに食べ尽くされている。下に見える葉っぱは,サクラランで,これもシカの採餌に際しては非常に人気のない忌避される植物で,ガガイモ科なら何となく納得できる。
 このカシノナガキクイムシに枯らされたシイ・カシが近年級に目立ち始めた要因について,『むしコラ』
2007年03月27日掲載 【カシノナガキクイムシ】
では,このような説明がされている。
1950年代に発生した兵庫県での被害も、薪炭林施業の中止によって樹木が大径木化した場所で発生しています。これらのことから、人間の勝手な都合で薪炭林が放置され、樹木が大径木化していることが被害発生要因であると考えられました。

上記の記事を読めば,疑問が生じる。人類が原始的な斧などを使ってどのくらいの太さのものをいつから切り倒していたのか分からないが,カシ類もカシノナガキクイムシも,そのような人類活動などなかった太古からの眷属であるわけで,大径木化だけに原因を求めるならば,「太くなればやられる」という話で説明するような誤解が生じる。そうとするならば,ある直径に達した個体はやられるという話にしか聞こえないわけで,そうなると巨木など存在しなくなってしまう。説明としてはなんとなく少し足りない話だなと思っていた。
 何人かの専門家と話して成る程と気がついたことは,集中的にカシ類樹木がやられている場所が,あちこちに出現している場所では,家庭の燃料プロパン化により一斉に利用されなくなり‘まとまった林分毎’放置されているということだ。すなわち,森林の構造多様性が減じて揃ってしまった経緯の方が問題であると云うことではないかと思う。薪炭林利用されてきたカシを基本とする傍芽再生林において,伐採停止時期が短期間に重なったのだ。萌出したひこばえ(傍芽)の時期が重なれば,林分内の幹の直径がそろうわけで,これは一定の直径以上の幹に侵入するカシノナガキクイムシにとってみれば,利用できる個体がプランテーションのように一定面積にまとまって出現するお膳立てが出来てしまったということだ。一定面積の林分のどの個体も一斉に利用可能という状況により,キクイムシの大発生は生じやすくなる。後は,その周辺の森林に,今までとは桁違いの個体が分散して伝搬していったということになる。「伐採を止めたから」ではなく,利用と管理が林分内の樹齢の多様性を減少させる方向で行われてしまっていたことの方こそ要因として検証されるべきで,皆伐的な利用ではなく,結果的にリスクのかかる樹齢に達する個体が点在するような利用であれば,問題は生じにくかったのではないかと考えたりする。まあ,理由はそれだけではないだろうが。
 通常,カシノナガキクイムシに食い荒らされた幹は,台風などの風障や豪雨により倒れて,保険として幹の周りから伸ばしていた傍芽がその折れた木の切り株から伸張して,たこ足型の樹形になって復活をとげるのは傍芽再生をする樹木としての一般的戦略である。カシノナガキクイムシに食われようとも,それはそれで通常単発的に生態系の中で生じる一つの営みに過ぎない話であったはずなのだが,この傍芽が既にシカにより食い荒らされていたとしたら,シイ・カシにとってはその段階で「詰み」ということになる。前門のシカ,後門のカシノナガキクイムシという逃げ場のない状況が幾つかの地域では既に生じていないか,とても気になる。
 熊への給餌については,多くの方が批判的論考を書いているが,そのあたりの視点に盛り込まれなかった領域を含め,纏めた話が必要だと思っている。それは,ツキノワグマの密度評価の方法とそれが行われてこなかった理由,人の居る領域にどうして熊の侵入が激しくなったたのかという根本原因などだ。それは,また,別の機会に譲りたい。
 取りあえず,ドングリはシカも食べるし,秋から冬にかけての重要な餌でもある。シカの動態に干渉するほどドングリを余所から持ち込めるとは思わないが,それは逆に好意的に考えれば,クマにも何の影響も与えないということだし,もしも間違って個体に影響を与えるほどの規模で持ち込んだとしたのなら,シカを始め、ドングリ利用鳥獣の動態も変えてしまうし,下手すると森林被害の深化を促進するだろうと思っている。
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とりとめがないのだが,フィールドを一緒に彷徨しながら,何となく友人や息子たちにでも話すような,そんなエントリをこのまま書いていきたいと思っている。
 ムサシアブミヤクシマテンナンショウの地上部が溶け初めている。もはや冬間近だ。
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by complex_cat | 2010-11-09 22:24 | My Shot Life | Trackback | Comments(0)

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