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ナナオの夜

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漂泊の詩人,ナナオササキ。世界の何処だったか忘れたが,子供も居たりするので,終生一人だったというわけでもないのだが,最後は無縁仏として,その死を迎えたそうだ。無縁仏など彼らしいところだなと思いつついや,人間生まれるときも死ぬときも,どう生きようがやっぱり一人なので,ちゃんと分かっている,そんなの当たり前ではないかと当然ごとく言うだろうと思ったり。
 彼の彼を偲ぶ会が日曜日にとある自然食レストランで,生前の彼を知るアーティストやファンなどが集まって開かれた。画像は最後にナナオを看取って南太平洋ミクロネシアの海に彼の骨を散骨しに行かれたボブ・内田氏。
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これに先立って東京でも同様の偲ぶ会はあったらしいが,彼の生まれたこの地で行われたのは必然と云うより,やっぱり偶然。彼が何処出身とか考えたことはなかったし,多くの人がそうだったろう。
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私も,遙か以前に,偶然姉貴から,面白いから行ってみな,と言われて,彼のポエトリー・リーディングの集まりに出てみて,奇体な爺ちゃんが,詩を朗読するなかでの不思議な雰囲気に遭遇した。いや,彼は話すと大変理知的で,本当,上手く言えないが,その肉体の年齢に比してちょっと変わっているけど,チャーミングでとっておきのユーモアを配り歩く地球人だった。
 丁度,ポエトリー・リーディングの会場に向かって短パンとアタックザックを担いで国道を歩いていくナナオの姿を見たのだが,ともかく何処にでも歩いていく彼の肉体は当時、喜寿に近かったはずだが,強靱で,その筋骨隆々とした肉体に,サングラスを填めれば正に亀仙人そっくりの風貌だった。朗々と響く声は,何ら気負うものはなくとても自然だった。
 ナーガ・長沢哲夫氏に出遭ったのも私が十代の時だった。私は彼の記憶に残るような出会い方はしていなかったので,彼が出入りする小さなパブに,山尾三省に「猫」と名付けられた少年が居たことを彼は思い出すことはなかった。「新宿のランボー」と謳われた彼が,澁澤龍彦とともに活発な文芸家として活動した時代があったのだが,丁度その頃だったと思う。
 ナーガが参加していた「部族」など当時の状況はここに詳しい。勿論,当時のノンポリ,粗忽者の私にそんな背景など,知るよしもなかった話なのだが。
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ナナオサカキはビート詩人の一人に入れられたりする。ビート・ジェネレーションということばがあって,これは1950年代後半から1960年代前半にかけてアメリカ合衆国の文学界で異彩を放ったアーティストのグループ、あるいはその活動の総称。ナナオサカキでYoutubeで検索するとその風景がヒットするが,ポエトリー・リーディングもその「ビート詩人」の活動の典型的なスタイルで,ミュージシャンのLIVEに相当する,観客の前で自作の詩を朗読するパフォーマンス。

当日は,二十代の女性も結構混ざっていて,お店の前の道行く人が不思議そうな顔で見ていた。60〜70年代スタイルのフォークユニットを率いる野生生物の権利訴訟でも有名な赤星氏やボブ氏の声よく響き,現在も活動を続ける詩人,ナーガ(長沢哲夫氏)によるナナオサカキへの鎮魂の詩も含めたポエトリー・リーディング,虫丸さんという人の暗黒舞踏?的なパフォーマンスもあって,神秘を外の世界ではなく,自分の感情の中に見いだす健全な人たちにお会いして,とても不思議な夜を過ごした。

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こちらの保守的な土地柄で70〜80年代,カウンターカルチャーの旗手だった人達の狼煙みたいなもの。基本的に彼らの活動の多くは,著作業などと結びついているので,信州の奥に畑を持っていようが,屋久島に住んでいようが,お江戸が果たす役割は大きくて,それでこそ成り立つ部分もある。そして,殆どの人が知るよしもないことだけれどもその分野のカルチャーネットワークで各地と結ばれてきた結果みたいなものなのだ。
 とりあえず,人間どうやっても,生きていけるよ,みたいなエネルギーに溢れていた。時代なりのストーリーだと思うので,自分以降の人間も含めて今の時代,マネするのは簡単ではないと思うけれど。
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近所に住み着いている,最近飼い主を亡くし,孤立無援となった猫も参加していた。店を後にした後も,その猫のことが気になって,後ろ髪を引かれたところが,私の業の深いところ。
 後で様子を見に行くことにした。




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「じゃ また」と
ぼくらは別れ また会った
そしてこんどは君は,君のものではない君の死体を置いて
 出掛けていった。
きっとまた,そっちによばれたのであろう
地図に書かれた骨であり
浜辺に咲くサボテンの花であり
泥まみれの風に吹かれる歌だ
そう 歌になって
じゃ また 新宿で
はりねずみの風月堂で
やぶこうじの森で
高速道路の行き交う闇の中で
放射能が降り注ぐ雨の中で
焼酎を引っかけ ラーメンをすすろう
はははと笑ったり
あり得ない言葉をしゃべったり
夢見られている夢のように
歩いていくか
花が咲く枯れ枝の先で
文明の行き止まりで
君は君を連れ
ぼくはぼくを連れていく
歩いてきたことは
そう “どうぞ忘れて下さい”
ただ 今 ここにいる
これで十分
さあ ナナオ お茶にしようや!


足がある ナナオと
長沢哲夫作(現代詩手帖 2010年 10月号 [雑誌] より詩の後半の一部を抜粋)

現代詩手帖 2010年 10月号 [雑誌]

思潮社


亀の島―対訳

ゲーリー スナイダー / 山口書店


犬も歩けば

ナナオ サカキ / 野草社


Commented by Lilywhites at 2010-11-17 00:42
ビートニクスと言われますWilliam Barrows、Drugとキーワードが浮かびますがこの方は存じ上げませんでした(汗) More、良い詩ですね...詩的でありながら絵的、そんな感じがとてもします。
Commented by twin_lens at 2010-11-17 15:52
ナナオさんとは数回お会いしたような。ビートニクの詩人たちは懐かしいです。
Commented at 2010-11-17 20:03
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by complex_cat at 2010-11-18 00:11
Lilywhitesさん,そちらのカルチャー,アートについては造詣が深い方が3人同時においでになり,なにやら不思議なものを感じております。ナーガのポエトリー・リーディングには,思わず拍手してしまいました。
Commented by complex_cat at 2010-11-18 00:13
twin_lensさん,北米行では文字通り,様々なアーティストの方を知己とされておられるのだなと思っておりました。一つの時代が終わるのか,それともと思ったりしております。
Commented by complex_cat at 2010-11-18 00:14
カギ米様,アーティストの感性とそれに付随する人生の事件については,私の想像ではとても及ぶところではないのですが,なにやら,本当にもの凄いですね。他に言いようがないです。
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by complex_cat | 2010-11-15 23:31 | My Shot Life | Trackback | Comments(6)

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