シカ肉の唐揚げ
2010年 11月 28日

リゾットとカレー。リゾットは私の料理なので,肉片がでかすぎた。

だから,下さいと言えば,どんどん持って行きなになる。
アドカボと一緒に炒めてみた。この部位美味しかったので,実は只炒めてもそれで良かった。

結果的に,日本人の好む,素材としての肉の味を楽しむ料理というのから外れていく感じ。今時検索すればシカ肉だけで数百のレシピが簡単出でてくるので,そのあたりを検討するのも良いのだけれど,もう一寸自分で足掻いてみたい。ただ,何となく海外のジビエ人気におけるシカ肉の扱いが高いことから,やっぱり和洋では洋に向いた食材なのだよなぁと思う。
なんてことを,イノシシの調査中にお会いした親切な猟師さんに話したら,彼も料理が好きな人で,私の素人料理奮戦を楽しそうに聞きながら,「うちではねぇ,唐揚げにするよ。」と仰った。
「え,唐揚げですか。」
「肉が,火を入れるとご存じのように硬くなるから,薄く切りなさると良いよ。」
「成る程! 肉天みたいな感じですね。薄く切って天ぷらも良いかもしれない。」
「ああ,美味いよ。」
今時は,旨味汁(これも製品に付属)に漬け込んで揚げる「唐揚げ粉」など結構売っているから,早速試すことに。









シカを獲っている猟師さんでも,川で鮎を獲ったりや海で海産物を釣ったり採集したりして食材を調達するのと同じ感覚で獣が捕れる人は,年々少なくなっている。大部分が既に高齢者だから,寧ろその地方においてはそういった食や自然資源利用に関する文化的感覚が残っていると言ったこともあるのだが,それが無くなると,獲らないといけない,獲ったものは食べないと自然に対してよくないし行為が矛盾する,みたいに理屈で,進めていくことになるのかも知れない。それは,何かを失うような気がするがたぶんもうしょうがないのかも知れない。

いつの間にか飼育コストのかかるでかいペットになっていて,その気持ちもよく分かるので,思わず一緒に笑って良いのか,分からない顔をするしかなかった。無論,二束三文の肉にするなら,わざわざ大きな生き物を殺すなんてことに人は意味を見いだせない。一方で,イルカを食材として自然資源利用してきたところに,四つ足は家畜しか前提にしないか,それさえも許されないと考えるところからは,太平洋を跨いで,直接,告発的な勢いで抗議が来る。
只でさえ,食材は豊富で,今の牛,豚,ニワトリは,凄い努力と歴史の上に肉用家畜家禽としての改良と精肉としてのクオリティコントロールがなされている。その上で,高等脊椎動物である野生獣を食材として加える必然みたいなものを作るのはとても難しい。難しいが,未だ鹿の場合は,なんとかなる。イノシシ程度には。なんとかなるが,今の土地利用や森林整備/自然林保護管理,鳥獣被管理の矛盾を食材利用しているからと全て免罪的に考えるのは,それはそれで問題がないとは思えない。それは,人間の生活面における資源資源的に活用できるというような利益誘導が出来ない場合,ニホンザルや,クマなど,存在の意味が今の生物多様性保護における直接的環境資源利用局面偏重の流れの中では,浮いてしまうということになるから。
追記ー関係性の中で生み出される機能も含めて重要としないと,結果的に単純資源かマテリアルとしか評価しない多様性の価値というのは,片手落ちどころではないということになると思っている。そんな意味で書いた。
変な脂がなくて程よくやわらかく、臭みもない
でも、やっぱりリブのほうが、歯ごたえとうまみがあっておいしかったと思う。
我が家では、ヒレ意外は結局すべて私の血となり肉となってしまったのですが、ともかく鹿さんに感謝。
地球上の食べれる生き物に感謝。
うまいぞ!

