実力伯仲(Battle of white-naped cranes)
2005年 01月 17日
今,マナヅルの二つの家族群が,テリトリー防衛行動の手順に従って,バトルの最中です。
マナヅルのテリトリーを巡るバトルは,以下のシーケンスになっています。
1)睨め付けるような監視行動。マナヅルの監視行動の対象は,勿論,外敵も含まれているのですが,テリトリーを張っている個体が一番気にしているのは,同種他個体です。資源が完全に重複するのは同じ種です。ちょっとパラメータで説明するのは嫌らしいかも知れませんが,近代生態学では,個体間の競争の強さは,資源の重複の度合いで示されます。競争係数αは,同じ種間において最大値1で示され,近縁種であっても完全な資源重複が生じない別種は自動的に1未満となります。捕食者や寄生者など別の意味でダメージを与える相手はまた話が別なのですが,食うものー食われるものの関係とは意味が違いますが,ある意味で最大の敵は同種という考え方が根本にあります。マナヅルがその通り振る舞っていると考えて良いと言い切れない場合もありますが,動物の行動を読み解く場合,基本になります。
2)侵入者か或いは挑戦者の場合は,もともとの「地主」にたいしてのアプローチ。ここでいわゆる示威行動であるユニゾン・コール(つがいによる鳴き合い)が仕掛けられます。ツルというとつがいで羽を広げて天空に向かって鳴いている写真が,見栄えがするので数多く撮られていますが,もともとはなわばり排除行動の画なんですね。で,羽をばたばたカブトムシみたいに上下させているのとその横で並んで鳴いているので,一組のつがいです。おそらく,上下させている方が雄と思われますが,とっ捕まえて総排泄孔から細い内視鏡入れないと,鳥では厳密に雄だ雌だと判別する手だてがない種類も多いです。まぁお話的にはそれで良いのですけど,科学的なテキストではそうはいかない。そうはいかないところがどれだけ深くて楽しいかを知って貰わないと,日本の科学教育は潰れると思っています。まぁ,どうでもいいけど。
奥義其の一 「ユニゾンコールにはユニゾンコール返しぢゃ」。
画像では,右端に別の家族群の個体が更に別の家族群に対してそれを仕掛けようとして途中で固まっている様子が見えます。ビデオでは数千時間分の動画データを取りましたが,スティルが全然無いので,本来は,この行動を撮りたかったのですけどね。撮ろうと思うとなかなか見られないものです。
奥義其の二 「水呑み鳥であっかんべろ〜ん」。
まぁユニゾン・コールの画については,これだけいろいろな背景があるのですが,写真だけは綺麗なものがごまんと撮られていますので,いろいろ見てみてください。近代生態学や行動学的なまともな解説が付いたものは,ツルの研究を謳うものを含めてほとんど皆無ですけど。
奥義其の三 「実力伯仲したときは,先に必殺技を出すのぢゃ。」或いは,「やり方がわからないときは力ずく。」
奥義其の四 「(相手が)跳んだら飛べ(故大山館長;跳び蹴りからの致命的ダメージを回避するために)」
6)示威行動はユニゾン・コールだけではありません。相手が押されて,それでもテリトリーから飛び立たずに回避行動で歩き始めると,その後ろからプレッシャーをかけてずんずん歩きをして家族で行進します。そうすると,知らない人が見ると二組の家族(最大8羽)がジグザグに蛇行しながらパレードするように見えます。実際この行動は,Paradeと呼ばれています。
マナヅルはかなり大きな鳥なので,このずんずん歩きは結構迫力があります。また,非常に芝居がかった動きに見えます。古典舞踏における形式美に共通するものがあり,「お前ら出て行け」という明確なメッセージを持っています。
奥義其の五「套路(型)は先人の知恵の結晶(技の誤解もあるけど)」。
以上,画像が得られたら順番にご紹介していきます。時間があれば,動画からのデータもアップしていこうかと思っています。それから,求愛行動は,攻撃行動のパターンを流用する事が多くの動物で知られていますが,ツルのコートシップ(求愛行動)についても,また,いくつかの理由によって出水ではマナヅルよりもここまでのバトル・シーケンスがなかなか観察できないナベヅルについても,ゆっくりお話ししていく事にします。
鳥類にはモビング(mobbing)と呼ばれる行動があります。これは捕食者などを複数個体で取り囲んで攻撃するなどのもので,カラスが2羽程度でトビに攻撃を仕掛けるほとんどplaying behavior(遊技行動)と言って良いものから,砂漠性の鳥類が集団で蛇をつつきまくって殺してしまうものまで,そう呼ばれるようです。本来の行動学的機能で言えば後者のようなものを私はイメージしていますが,このあたり鳥は専門ではないので,間違っていたらご免なさい。
マナヅルのモビングは,今から10年前に一度だけ見ました。干拓地に間違って犬を放してしまった人がいて,当時は未だ,出水平野のツル越冬群集は1万羽を超えていませんでしたし,今よりもツル保護分野ものんびりしていましたから,こういったマイナートラブルを見る事が出来ました。で,放たれた犬はあまり賢くなかったのか真鶴の数十羽の集団の中に入ってしまいました。さてここで何が起こったかというと,まるでロボットのように一斉にマナヅルが犬めがけて歩き始め円陣を詰めていきました。まるで映画「I ROBOT」のような迫力。犬は悲鳴を上げながら何とか円陣から抜け出して飼い主のところに逃げていきました。
当時は,未だ,ツルの観察を始めたばかりで,このマナヅルのモビング撮影する機会はこれからもあると思っていましたが,それが間違いで,それ以来二度と観察できるチャンスにありついていません。考えてみれば,非難囂々になりますから,今時マナヅルの集団に犬を放つ人も居ないでしょう。現地はタヌキが多いので,よくツルの脅威になるといわれるのですが,夜,ねぐらを襲われなければ,後れを取るツルたちには見えません。依然として,分からない事は沢山あります。だから楽しいのですが。