家の中では、ユッチ、ナッチが来てから、べったり甘えることはなくなった。一方、外では、ずっと甘えようとする。子供たちも彼に下校時、外で捕まって、しばらく相手をするはめになったりする。庭で自転車いじってると、すきあらば甘えようと、ずっとそばに居る。
「人間のお客さん好きだし、外面いいし・・・」、とワイフも言う。私が自営業か何かやっていれば、チコはずっと相手をしてもらえる人間の誰かと一緒に居られたし、看板猫になれてwinwinだったかもしれない。
ずっとお客さんが居て、相手してもらって、好きなときに居なくなってテリトリーパトロールしてまた、しらっと戻ってくる。
戻ってきたら、また、誰かにかまってもらう。それは今は無理なので、できる時にともかく外で構う。若い頃のように、畑を縦断して一緒にパトロールして回ったりというのは、ちょっとなくなった。
猫が選ぶ、里親のベストはなんだろう。 農業、牧畜業、花屋、床屋、自転車屋・・・・うーむ。 私が今の都市に住み着いて、最初に某社のディーラーに出入りして、結局そこの車をワイフ用のも含め7台乗り継いできたのも、今と違ってのんびりした時代で、当時伝説のセールスの女性がおられて、彼女の趣味でディーラーで猫を飼っていたのでふと店を覗いたからだ。店長も横槍入れられなかったというか、系列のディーラーであっても本社などからの管理圧力など当時はあまりなかったのかもしれない。いまどきだと、さすがにありえないかもしれないが、断言はできない。まあ、レクサスにはありえそうもない。お客さんのスーツに猫毛が着いたらクレームが来そうだ。
その女性は、一時、親御さんの介護か何かで、そのディーラーを離れたが、去年ひょんなことから、某巨大チェーン電気店の売り場で再会した。売るものは違うが、相変わらず、レジェンド系のセールスウーマンだった。さすがにそのお店で看板猫置いてるなんてこともない。
岩合さんの番組で海外の猫達を見ていると、飼い主に食品店、飲食店、その他幅広く自営業というのも存在する。猫がいても良いという状況が受け入れられている「文化」があれば、それはそれでありえるだろう。嫌なお客さんは近寄らないが、そこまで強力に排除するという状況も強くならない感じ。
駅長や図書館員という「職業猫」もいたが、それも同様だ。
こういう思考にいつの間にか陥っている。当時付き合っていた猫好きな女性にも呆れられていた覚えがある。学生時代からだが、ちょっとまた、悪い癖だが猫妄想を。
彼の地上世界での旅は、まだまだ続くと思う。思うが、彼が強力なダイナミズムを見せていた頃に比べて、やはり、別の旅に旅立つまでの猶予は、自動的に短くなってしまっていると感じる。明確に筋肉量が落ちてきた彼を抱き上げながらそう感じる。
まあ、私の方が明日、ぽかんとチャリごと車に跳ね飛ばされて、みたいなことも絶対起きないというわけでもないのだが。一緒に入られる間、伝えるものを伝える相手に伝える程度の人生。
それが彼に伝わり、彼からも伝わってくるものがあるのでそれで良しとする程度。なんのために生きているのか、人生の大半の場面で確信を持てる人はそんなに居ないかもしれない。そういうものだろう。まあ、まあ、変なものには捕まる気は全くないので、モットーはボクは死にましぇーん、なんだが。だから生き残ってきた。
本日、長男がこれから何をしたいか、明確な言葉で伝えてきた。彼が彼の夢を叶えられるかどうかわからないが、彼の努力次第だと思っている。でも、よく自分自身の言葉にしてきたなと、ちょっと感慨深い。
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