逆襲のフィルムカメラ #4ー機械シャッター機と180mm f2.8の系譜

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 京セラ製CONTAX S2b、LEICA R6.2どちらも機械制御シャッターカメラ。
 1960年代からフィルムカメラの終焉まで作られた一眼レフカメラの内、電子制御系のカメラは、高額なメンテ費用と引き換えにそれなりの修理可能性を担保したカメラは全然ないわけではないが(NIKON F6などフィルム最終モデル)、一部を例外としてほとんどが壊れたらおしまい。もちろんモジュールをストックして対応してくれるところはあるが、1970年代モデルなどもはや修理が担保されているとは思えないし、状態の良い物を見つけて買い直したほうが良いくらいのモデルのほうが多いのではないかと思う。
 機械制御カメラは、内蔵TTL露出計は別にして、消滅した回路を再制作する必要が無いので、熟練の修理士の技術で調整、修理が担保される可能性が高い。機械式高級腕時計の修理が、とりあえず、現在、可能なのと似ている。だから、マニュアルレンズ資産を末永く使おうと思った時の最後のボディとして、確保しておこうと云うモデルであって、電子制御カメラは当時の高額さと裏腹に、オークションでも二束三文化している。機械シャッター機は、依然としてそれなりの値段で評価される。この二台は、現在ではほぼ同じような金額評価になっている。
 そうは言ってもCONTAX S2bはタフな機械式カメラのイメージとは程遠い。私のものは使っていてホットシュー天板受けがいつの間にか剥がれ落ちて気が付いたら紛失していたり、ザックに押し込んでいたらバックが歪んで光線漏れが起きて、ロックのところを自分で直したり、見かけとはぜんぜん違うお嬢さんカメラ。ともかくプロショップを持たなかった当時の京セラカメラにタフネスさを期待するには限界がある。それでも、清流の沢に落下したり、普通の電子カメラだったら既に何度か死んでいる使い方をしてきた。この時もそれ以降も露出計すら一度も死ななかった。ただ、シャッターフィーリングは最低で、甲高い神経質な音がするが、当時の京セラコンタックス一眼レフの系譜として外せない、シャッタータイムラグの最小化は実現しようとしたんじゃないかなという印象は受ける。やや固めのレリーズだが、即駆動というところで、他の電子シャッターCONTAXとの併用ではシャッタータイムラグについての違和感はない。シャッターは量産型のOEMモジュールだと思うが、それ故、信頼性は低くないわけだし、全メーカーの機械シャッター機中の最高速レベルである1/4000sec.が担保されているのは、頑張ったと思う。





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LEICA R6.2は機械シャッター機であるR6の工区側を1/2,000sec.に伸ばした改良機だが、シャッターモジュールは、KONICAブランドの銀塩一眼レフの最終機KONICA TCーXと同じだと言われたりしている(透視画像から見ると微妙で、確認できていない)。一応安定した中級以上の量産モジュールなら、寧ろ信頼性はやっぱり担保されていると思うし、この時代以前R3以降のモデルは、minolta XE/XDを基本とするOEMの塊みたいな機種だが、シャッター、絞り両優先AEなどのminoltaのお家芸に加え、平均測光とスポット測光が切り替えられる独自性、プロユースに振ったオリジナリティが付加されている。ちなみに先のCONTAX S2bも、先行モデルのS2が中央重点測光なのに対して、プロ/ハイアマチュアに振ったスポット測光機である。
 スポット測光は局所の反射露光が測れるわけで、画像全体の輝度差などから露出の組み立てができる人には、その方が便利な場合がある。
LEICA R6.2のシャッターフィーリングは、その発売時の値段から行くと、それ相応のものなのか、主観だと思うが、密度の高い金属の塊のようなボディが、カメラ全体にシュカっと低く響くシャッター音を作り出していて、少なくともCONTAX S2bよりは、高級感がある。で、マニアのトリビアになっている1/250sec.で「ジーッ」と長く伸びる不思議な音が出るのも、ちゃんと確認した。なんだろこれって感じの音が本当にする。
 あと、R6.2は、いまや、日本中の室内外の猫たちにおいても高視聴率番組である、「NHK 世界ネコ歩き」でも有名な、あの動物写真家の岩合さんのかつての愛機であった。こいつのファインダーで、飛翔する鳥の目に300mmのマニュアルフォーカスレンズでピント合わせするという驚異の使いこなしをされていたわけで、その成果が有名なセレンゲティ国立公園の動物写真作品群「おきて―アフリカ・セレンゲティに見る地球のやくそく」(英語版タイトル"Serengeti: Natural Order on the African Plain")である。
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さて、ようやく180mm/f2.8の話である。ナチ政権下の1936年開催されたベルリンオリンピック用に、ヒットラーの命を受けたカール・ツァイスが、世界中の珪石を集めて、開発、製作したとされている。当時は一眼レフはなかったゆえ、ミラーボックスをレンジファンダーカメラにつけて撮影に使われたわけだが、なぜ、このような中途半端な焦点距離になったかというと、一節によれば、ヒトラーがそれ以上の望遠レンズの持ち込みを許さなかった故ということらしい。オリンピアゾナーと呼ばれたその高性能レンズの系譜の始まりは、彼の業績みたいに語られるが、より遠距離からの撮影や狙撃を恐れた独裁者らしい奇妙な線引だなと思う。
 YASHICA-CONTAXマウントで復活したCarl Zeiss Sonnar 2.8/180 T*だが、そもそものオリンピアゾナー直系であるCONTAREXマウントのOlympia-Sonnar 180mm F2.8 は、ガラスの塊で1.3kgもあった。昔、華僑の人でクラシックレンズコレクターとして有名な人の手記が、クラシックカメラ/レンズのムックに載っていたが、CONTAREXの望遠系は、本当にガラスの塊だと書いてあった。Olympia-Sonnarのレンズの塊感を知ると、そうなのかなと思ったりする。
 復活したヤシコンのSonnar 2.8/180 T*は800g台、それなりに小型化され、それなりに高性能だが、当時のCONTAXの沼レンズと呼ばれた高額レンズ群などと比べると、霞んでしまって、無理してけなすこともないけれど、絶賛するほどではないみたいな扱いで、「普通によく写る」レンズという平凡な評価であった。
 それでも、今回、LEICAのR型レンズマウントの最後発である電子マウントを持つElmarit 180mmと較べても、たしかにそんなに悪くないし、チコの毛並みの発色や毛の質感など、十分よく写るレンズだなとは思う。
Sony α NEX-6, Carl Zeiss Sonnar 2.8/ 180 T*

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 LEICA Elmarit-R 1:2.8/180はLEICAの180mmの中ではエントリーレンズで、特殊低分散ガラスを採用して欠点を消し去ったApo Elmarit-R 180/2.8や同様のApoレンズであるLeica APO Telyt-R 1:3.4/180と比べれば、一番手頃なものだが、それでも今回、その写りはやはり、焦点距離の妙というか、本当によく写る。Apoレンズではない本レンズであっても、普通によく写ると言われたSonnar180mmより、数値性能は上で、やはりレンズは後発の方が有利だなぁと思う。まあ、LEICAの更に高額なAPO Telephoto Lensが、これ以上の画を叩き出せるのは分かるのだが、Olympia Sonnar同様、必要にして十分という描写ではある。ライカレンズは、自動絞りや開放測光のための開放絞り値を伝えたり、本体のAE機能のためのレンズとの情報のやり取り用の機会的なカムの仕様が、1カムから3カムまで変更されているが、当該レンズ個体は電子接点を持つROM内蔵レンズで、最も最後の仕様となっていた。

Sony α NEX-6,  LEICA Elmarit-R 1:2.8/180

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夕方、庭で甘えてきたチコをスナップしたものだが、動きまわるチコをMFで写し撮るのはかなり骨が折れる。フィルムならなおさら、精進しないとろくな画は撮れない。この辺の色の出方とか、白い部分の毛並みのボケ方とかやっぱり良いのだ。
Sony α NEX-6,  LEICA Elmarit-R 1:2.8/180


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 現在手元にあるLEICA R型のボディとレンズ。左上のMINOLTA X-700はおまけだが、電子モジュールとしてR型LeicaR3〜7までのと共通部分が多いいわば兄弟機みたいなものだと思う。その下にあるR4sなども安定したAE機で、奄美などにも持って行っているが安定のセミクラシックLeicaの一眼レフだと思う。ボディは適度な大きさとちょっとズッシリ来る重さは、共通している。R8はその後の改良モデルR9のベースモデルで、R8/9共通のデジタルモジュールRを着ければ1GBのAPSサイズデジタルMF一眼レフカメラになる。ただ、2007年に生産中止されて年数も経っている。流石に画素子含めデジカメ周りは進化スピードが早いので、ピクセル数以前に、中古価格40万超(発売時販売価格70万円超)ということでは今時、購入して使う人は限られるだろうし、良い個体で生き残っているものも限られるからメンテ、リペアとかほぼ無理だろう。諦めてフィルム機として終わる選択肢しか残されていないと思う。
 MINOLTA X-700は名機XDからシャッター速度優先AEが外れて、代わりにプログラムAE・絞り優先AEのマルチモードが使え、TTLストロボ調光が可能な機種だが、本機が発売された頃は、どちらかというとプラスティッキーでライトなイメージのカメラだったはず。今やMD/MCロッコールを使うとなると、ちゃんと動く個体に巡り会える確立からいうと、'X'を頭に冠する最後のモデルかもしれない。で、当時のカメラ小僧向けというイメージとは違って、案外ファンが多い模様。
 私もMC/MDロッコールレンズを使うために、例によって機械シャッター機のSR505とともにデシケータにキープしている。

 今回、エントリーのシリーズタイトルは「逆襲の〜」って言うことになっているが、現在、一般向けのフィルム生産と現像システムの存続は、風前の灯という状態で、社会的、市場的に逆襲なんてことはありえない。ありえないのだが、あえて「逆襲の〜」なんてタイトルにしたのは、自分の個人的なカメラ史、写真を取っていく自らの内面として、「ああ、自分の写真生活にフィルムカメラ、また来ちゃった。逃げたらあかんのか」という意味からである。
 で、久しぶりにフィルム購入と現像で、大手チェーン店の出店店舗に行ってみれば地方都市の景気後退固定もあるのだが、カメラを使って写真を撮り、それをプリントして自分で保存したり人と共有するという作業自体の社会からの消失を感じた。スマホ以前の携帯デジから、もちろん若い世代を中心としてだが、プリント文化の消滅というのは感じていたが、ハードウェアとしてのカメラ購入と云うこと自体の消滅というのが、ほぼ確定的になった印象がある。コンデジが売れないというのは以前から聞いていたが、コンデジどころがそもそもデジカメ自体を売っていくとうビジネスが、消滅しかけているのを感じた。ほんの最近まで全国チェーン店とはいえそれほど大きくない店舗の大部分を占めていたデジカメコーナーは、片隅に追いやられ、iPhoneやそれ関連の製品が大部分を締め、フィルムコーナーは猫の額以下というのは予測していたが(寧ろ、まだ残っていたのが奇跡!)、デジカメコーナー自体が店の片面の壁側に追いやられていた。そしてフォトスタジオがおそらく、最も収入比率が高いのではないかというような、店舗の作りに変化していたのは前回確認したのだが、本当に「カメラ」を売る場所というよりは写真館化していた。
 スマホやメディアからプリントを出力するコーナーも、運動会で孫を撮って娘に渡すため、みたいな、高齢者ばかりの印象。これは、私だけの印象ではなく、別の店舗の人と話していてもそんな感じのようだ。

 「えーとフィルム現像できます?ブローニーとかまだやってます?」「フィルム現像のシステムが壊れたので修理は連休明けになります。ブローニー受け付けてます。ネガもポジも現像は630円です。」みたいな会話で確認だけして、少しホッとしたのだが、まあ、延命期に入っているなという状況は、もう、本当に間違いない所。フィルム技術は、恒久的な画像や動画の保存技術として、ハイテクとのハイブリッドで使われたりしているが、一般市場向けでは、もう、存続は秒読みだと思う。

 このエントリで触れた、オリジナルオリンピア・ゾナーとそれ用のビューファインダーで使っているZeiss IkonのCONTAXレンジファインダーカメラを紹介している田中長徳氏も、この時代にクラシックカメラ市場の終焉を宣言して、以降、彼が監修していた関連ムックも出なくなったりして、裏切り者呼ばわりされていたが、そこからフィルム売上は年数十パーセントで減少して、もちろんフィルム写真文化が一般市場的に復活する方向には、もちろん動いていない。現在、順当な消滅曲線の延長線上にある。

 ちなみに、135フィルムは、すぐに取りに来てくれと言われても割とチャリンコでなんとかなる距離に1件だけキープしているのだが、そこも現像システムのメンテが限界で、なるべく延命させるために、一日の営業時間の内、マシンを動かす時間を3時間ぐらいに限定しているとのこと。
 そこは可能なかぎり生きていて欲しいので、フィルム現像をお願いしている。

 ということで、本当にそろそろ、長尺のモノクロフィルムを確保して、パトローネに詰め込むのと自家現像、それからデジタルに取り込んでファインプリント技術を磨くみたいなことをやらないと、フィルムカメラを使い続けるのは不可能かなという気がしてきている。

 何度も、資金集めの話が出ては消えていくが、パトローネスペースを利用したデジタルモジュールをどこか作ってくれないと、レンズはともかく、銀塩カメラ資産は、本当の意味でのデシケータの中でオイルも固まり機械としての寿命を終えていくという流れが加速していく状況になったと感じた。これなどもそういったコンセプトの提案だとは思ったが、案の定、形にはならないで消え去るのみのようだ。

 Siliconfilm®は、最初、APSサイズどころじゃなくて、遥かに小さなスペックの製品(EFS-1)が出た後、Nikon F4をベースにしたフルサイズのデジタルバック一体型の試作機まで作られたが、当時のNikonやCanonの一眼レフのフルサイズデジタル化の進行スピードの速さと完成度の高さからあっという間に撤退、消滅した。

 私は本当の意味でのデジタルフィルムだと思っていて、今時だと、充電池やリチウムなどのバッテリーの進化やMicroSD等の交換メディアやWi-FiやBluetooth等のデータ通信技術などが格段に進歩したし、モジュールも小型化、安価になっているから、「APSサイズ程度のもので良いので(贅沢言えばフルサイズ)、ぽかんとパトローネスペースに入れて、スマホで撮影画像確認」みたいに使えるものを切に誰かが作って欲しいとは思っている。売れるかと言われると、値段次第とも言えず、ただ私は欲しいということぐらいしか言えないと思う。すべての銀塩カメラ資産を延命させて使いたい人は、間違いなく居るかもしれないが、市場は大きくないだろう。いやもう、本気で欲しい人間は、製品化など考えずにカスタムメードで必要なモジュール集めて作る方が早いのかもって云う気もちょっとしている。
 問題は、外部とのインターフェースや起動シーケンス、画像確認などだが、インターフェースは最小限で、スイッチ入れて数分以内は待機状態で、そこに光が入ってくれば作動、ISOも途中でフランジ開けていちいち切り替えで十分、みたいなのと、簡単な作動情報が外部に発信されて、スマホなどで確認、画像確認は、リアルタイム、Wirelessでなくても、後でUSBで繋いで流し込んだ時点で書くにできればいい、なんていう割りきった仕様だったらそんなにコストはかからないんじゃないかという気がするのだが、どうだろうか。
 Siliconfilm®の後を継ぐ者さえ販売されるようになれば、エントリタイトル通りの「フィルムカメラの逆襲」というのは、どうしても使いたい使ってみたいフィルムカメラで普通にデジタル撮影する手段があれば、ニッチェ市場ではあるが、コンデジが終息しつつある状況で、「カメラ」を使い続けるなんてのは、似たような趣味と化して、ありえる気がする。
 

おきて―アフリカ・セレンゲティに見る地球のやくそく

岩合 光昭/小学館

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おきて―アフリカ・セレンゲティに見る地球のやくそく

Serengeti: Natural Order on the African Plain

Mitsuaki Iwago/Chronicle Books

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by complex_cat | 2015-10-11 05:02 | My Tools | Trackback | Comments(0)

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