熊本の友人、知人たちとは連絡が取れて少しホッとしている。最初の前震の時には、直ぐに消息がわかって、割と簡単に考えていたのだが、本震で被害地域が拡大して、交通網がさらに破壊され、ライフライン消失が更にひどくなって、気をもんだ。メールへのご返事を頂き、1回目地震の片付けも終息していないのに物凄く大きな本地震がきてしまったため、関係者にも避難している人たち、自宅に損傷を受けた人たちも多いということが分かった。それでも、私の関係者周辺については、幸いにして誰も大きな怪我も無く無事だったとのこと。 主要道の3号線は津波を食らったわけでもなく、大きなビルがあちこちで倒壊もしていないので、瓦礫除去で手間取るところは殆ど無く、今は縦貫は最低限確保されているが、高速道路と新幹線が機能停止しているので、渋滞は極大でまあ、想像したとおり。状況は大変なのだが、余計な交通負荷になるだけなので、ボランティアのターンが来るタイミングで、もう少し様子を見るつもりではある。
チコの動きまわる周辺で、ウマノアシガタがちらほら。春なのに。一番気持ちの良い季節のはずなのに、残念だ。 なんてのんびりしたことを書いているが、日奈久断層がまだ本気出していない可能性があるので、こちらも県北の方から、リスクが掛かっていると思っている。
「日本人は、火山と地震と台風と津波の国に暮らしているんだ、大翔。地下の炎と上空の凍える真空との間に挟まれた、この惑星表面の細長い土地に縛られ、いつなんどき生命の危機に襲われるかもしれない暮らしをずっと送ってきた。とはいえ、それが死の近さを、一瞬一瞬に宿る美しさを意識させ、耐え忍ぶことを可能にしているんだ。もののあわれは、良いか、宇宙と共感することなんだ。それが日本という国の魂なんだ。それが絶望すること無く広島を耐え忍び、占領を耐え忍び、都市の崩壊を耐え忍び、全滅を耐え忍ばせたんだ。」
“We live in a land of volcanoes and earthquakes, typhoons and tsunamis, Hiroto. We have always faced a precarious existence, suspended in a thin strip on the surface of this planet between the fire underneath and the icy vacuum above” ...“Yet it is this awareness of the closeness of death, of the beauty inherent in each moment, that allows us to endure. Mono no aware, my son, is an empathy with the universe. It is the soul of our nation. It has allowed us to endure Hiroshima, to endure the occupation, to endure deprivation and the prospect of annihilation without despair.” (Ken Liu ''Mono no Aware)
Ke LiuのSF短編「もののあわれ」に、日本人である主人公「大翔」の父親に語らせるシーン。中国系アメリカ人作家が、日本人のパトリオティズムのツボを刺激するような作品のトーンや久留米も鹿児島の地名も出てくることに、ちょうど前震に襲われた日にkindleポチして購読して、少し驚いた。実際に地殻プレートのよじれによる皺にすぎないもの上に済んでいる私たちのことをよく言い表している。
自然豊かで食い物も旨い、離島も楽しいでこちらに流れ着いて家族まで保つことになった私だが、近くに火山がある土地に棲んでいると「よくそんなところに住めるな」と揶揄してくる輩もいて興味深いのだが、その人がどこに住んでいようが日本に住んでいる限り、国外の人から見たらジョークにしか見えないかもしれない。
因みにヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞受賞総なめの表題の「紙の動物園」は、作家の人生と重なるかなと思えるような表現がある。折り紙の起源が日本であろうが、特異な能力者の一族が中国の辺境の村に居たという話の方が演出としてはしっくり来るので設定に違和感はなかった。ただ、中国的な折り紙で面白そうなものがないかと思ったが、その辺はやはり日本のものなのだなと感じた。一方、今の超絶アート的な折り紙は、その人自身の作品で、自分たちが知っている伝統的折り紙の技法の応用ではあるのだろうけど、これもまた別世界のシロモノだなと感じる。
宇宙船の中で主人公が囲碁を教えている生徒から、囲碁にはチェスのクイーンのようなオールマイティのヒーローみたいな存在がないことを揶揄されるシーンがあるのだが、最後の展開での布石になっている。
「個々の石はヒーロではないけれど、一つに集った石はヒーローに相応しい」
“Individual stones are not heroes, but all the stones together are heroic.” (Ken Liu ''Mono no Aware)
未曾有の災害や問題に直面したコミュニティにおいては、それを克服していくプロセスにおいては、各自の行動の積み重ねが基本になる。物語の最後では、碁石の個石たらんとする、主人公の自己犠牲的な行為を描いている。
チャリンコが現地で役に立つか、あるいはこっちもいつかは被災地になる可能性などを思ったりして、家にあるチャリンコを全部引っ張りだして、整備をしなおした。友人が1台欲しいと言っていたのでフォールディングを整備中では有った。調べてみると私の手駒は被災地にはあまり適合しないことに気がついた。ずっとチコが横で監督していた。かなり冷え込んできていて、放熱を防ぐためなのか、香箱モードになっている。ここ数日、この季節としては驚くほど南九州でもかなり温度が下がってきていて、現地は、気の毒なことにこちらより冷えるだろう。オートキャンプはやらざるを得ない状況が何度も有ったが、人が多く出入りするところで、余震に怯えながら普通の乗用車の中で熟睡するのは、多くの人にとっては不可能で、皆、ずっとまどろむ程度だろう。夜冷えても、ガソリン節約も有って、暖房も入れられないのを思う。
因みに、自転車を現地に送ったり持って行ったりすることを考える方は普通におられるようで、
このサイトのアンサー を読んで納得した。引用する。
(1)可搬性荷物を運べること 被災地では必ず荷物を運ぶために移動するのであって,通勤のように自分のみが移動することはありません。リアキャリアと前籠は必須です。 (2)形がホリゾンタル(ママチャリのようなものでなく三角形のフレーム形状)のもの。 災害直後は,自転車を担がないといけないケースがままあります。ママチャリでは担ぎにくいですね。 (3)ダイナモ付きであること。 電池など全くありませんからダイナモは必須です。出来ればリアにダイナモが付いている方が,両立スタンド付きならば照明にも使えます。 (4)ノーパンクタイヤ 言うまでもないことと思いますが,一般タイヤでは直ぐにパンクします。パンクを自分で修理出来ればよいですが…ともかくパッチは必需品です。 私の手駒は、キャリアは申し訳程度に付けているけど、いざとなると結構満載して使うが、少し工夫がいるし不十分かもしれない。またノーパンクタイヤや発電ハブを組み込んだものを作る必要は感じた。「姉上」が1台チャリがほしいと言っていたので、この路線で作りたいと思っている。特に、これらの条件を満たした上で、クロモリより、経年耐久性は落ちるが、アルミフレームで組んでみたいと思っている。 ちなみに、被災地における自転車の役割についての商才なレポートはこちら。とても興味深い 。 水のペットボトル等、こちらでも現地からの買い出しや関係者への送付、構造線沿いの震源のなんかリスクを懸念して、ディスカウントショップやコンビニ、マーケットから消滅した。それでも、現状こちらは生活に困るようなことはないから、どんどん被災地に入っていけばいいと思う。
物資は基本的にここより北から入ってくるものの方が多いだろうから、物流の下流側のこちらで物資が減っていくのは当然なのかもしれない。 チコが外に出るたびにカラスがギャーギャー鳴いて煩いなと思ったら、周辺の電信柱にカラスが巣を作っていた。
今年のご近所のツバメの営巣も、また、失敗に終わりそうだ。ということで、画は全てチコ周辺だが、いつもの雑談のようなごった混ぜ記事。
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