姉様用の軽量ママチャリは順調に組めた、納車も私のドヤ顔で終るはずだった。
日曜日、夕方にワイフとともに、GIOS号のお輿入れのために、彼女を尋ねた。
「猫、あんた、もう作っちゃったの。」彼女は私が十代の頃からずっと私をそう呼ぶ。よく旅をする人だった。私が出会ったのも偶然。
「うん、フレームとかパーツが順調に手に入ったから・・・ちょっと乗ってみて。イタリア製ってことになってる。」
ほら軽いだろう?!って26インチのクロスバイクの前後ホイールを外した本体をクルマから引っ張りだす。
「軽に乗るんだ。」
「うん、今どきの、こうやってクイックリリースって言って前後外せば簡単だよ。」
「知らなかった。自転車載せるの軽じゃダメじゃないかと思ってクルマも悩んでた。」
「末っ子とツーリング出て、帰りはたたんで、JRで帰ってきて駅までワイフに迎えに来てもらったけど、3人と、チャリンコ2台軽に乗せて帰ったよ。」
組み立てて、乗ってみてもらう。さてさてさてさて。
ところが、ここで思わぬ問題発生。何か姉様、乗りにくそう。
「猫、ダメだわ。」
「どうした、サドルの高さが合わない?」
「あたし、足が上がらないの。しまったなぁ。あんたに言ってなかったぁ。」
「??」
「30年前に、交通事故に遭ったでしょ?」
「うん。その時の話、もちろん知ってる。」
「跳ねられた時、乗っていた自転車はものすごく遠くまで飛ばされて、私はボンネットの上に落ちたの。すごい衝撃だったって分かる。その時の後遺症が出てきて、ずっと、右足が上がらないの。」
26インチのGIOSの小ぶりのスタッガードフレームでも、彼女の単独で上げる足はぎりぎり引っかかってしまう高さになる。ペダルの上限位置がギリギリだ。もう一回、彼女は試す。乗り出しは良いが、左側に降りようとすると、足が引っかかりながらトップチューブを通過する。
「こりゃ駄目だ、引っかかるね。あぶないなぁ。無理だ。」
「あたし、事故の時かつぎ込まれた医者がダメで、両足折れていたのに片方しか折れてないからって、歩行訓練までさせられたの。」
「ええ??!」
「友人の医者やってたのも見舞いに来て、どう見てもこれ折れてるって言ってくれたから、それを伝えたんだけど、そこの先生が傷が化膿して腫れてるだけだって言いはって。」
「それは酷い。」
「手術する段になって別の病院に転院して、ようやくそこでも『これは折れてます』ってことになって。」
「知らなかった。それは酷い。」
「放置してあったから、その間にダメージが行って。そこをかばって、生きてきたんだけど、腰骨に歪みがいったり、年月たったらとうとう高く上がらなくなってきた。」
今だったら、訴訟もんだし、今からでも訴訟起こせそうなくらい酷いヤブ医者による被害の結果だった。いや、時間が経ちすぎていて難しいか。外科関係、リハビリ受付を中心業務としていて、仕事はスタッフに丸投げして本人は大したことしなくても十分商売になって、診察する技術も何も知識がほとんどないんじゃないかという医者が近所にもいる。私もよせばいいのに2回ほど通院して試したが、後日、他の病院で診断も治療方針も明確で、治った部分が、「こりゃもうだめだね。ずっとこのまま付き合うしか無いよ。」みたいな診察で終わった。余り医者は外れ引くことなかったのだが(あるいは引いたと思ったら即座に逃げ出しているから記憶に残っていない)、世間の医者不信みたいなのはこんな先生相手だと簡単に起きるだろうなと思った。不信というか、開業レベルに達していないけど開業できてるみたいなの。
30年前も今も事故で担ぎ込まれたら、病院は選べない。その結果が、負荷が蓄積して体力が落ちてきた彼女に時限爆弾みたいに、今の今、苦しめる状況になっているということなのか。
「一応、最近、医者通いしてるし、リハビリでジムにも行ってるんだけど。」
とにもかくにも、お輿入れは座礁してしまった。
クロスバイクのスタッガードフレームだから、トップチューブのシートチューブ取付位置はシティサイクルのそれよりもやや高いけれど、前乗りが標準の女性でも、抵抗少なく乗れるギリギリの高さだと思っていた。でも、今の大姉には、そんなのでは間に合わないということが初めてわかった。
「どうする。悪いなぁ。ちゃんと言っておけばよかった。ほら今まで乗ってきたやつ。低いでしょう?」
確かに、お役御免になった大姉の自転車がおいてあったが、フレームはトップチューブがなく太めのダウンチューブ一本だけが低い位置から張り出すだすタイプだった(この記事を書いている段階で、私の頭の中には「U字フレーム」という用語が存在していない)。それはそれで見ていたのだが、これじゃないとダメという頭がなかった。少なくともペダル上位位置までは上がるわけだし、彼女がクロスバイクベースのスタッガーとフレーム、そのトップチューブまで足を上げられないということは考えもしなかった。
「いや、ずっと元気でタフだからまさかそんな状況だと思わなかったよ。」実際、最近でもしょっちゅうバックパッカーで海外にもでかけている。
こないだも、旦那と一緒にオーストラリアに行って戻ってきたばかり。旦那が誤解から'public drunkenness'で勾留された警察まで尋ねて、今居る警官と記念撮影までする旅になったと言って笑っていた。
「還暦過ぎると色いろあるのよ。」
「ええええ、過ぎてたっけ?」まさかと思ったが、年齢不詳の彼女の顔はずっと変わらず、普段の彼女を見ていて、長い付き合い故、プロファイリングがずれてた。
「この自転車どうするの。悪いなぁ。」
「いや、問題ないよ。私が組んだチャリンコで、初めて乗れる自転車だと思ってもらったんで、カミさんの誕生祝いにする。」
「ええ?そんな適当な横流し品でいいの?」
「ダイジョブダイジョブ。」
ワイフはニコニコ笑っている。不慮の事態の可能性も考えていたので、彼女に乗ってもらうに不適合の場合は、ワイフには、これ乗ってみてもらってもいい?と一応確認してあった。その場合ゆっくりもうちょっと手を入れようかと思っていた。もちろんワイフにプレゼントして、私が時々借りて乗って楽しむための魔改造の延長であるなんてことは言わない。
「とりあえず、軍資金少し先に入れてくれる? これ組むのにお小遣い使っちゃった。」
「いいよ。」いい歳こいて彼女にはかなりちゃっかりしたことが言える。
「で、どうする。あたしが乗れて、しかも簡単に車に載せれるみたいなの無いよね。」
「20インチのフォールディングバイクとか、今は漕ぐギヤ=クランクっていうんだけど、大きいのが有って割りとスピードも出るよ。」
「高いの?」
「高い。トラブルが起きないタイプだと、どうしても割高になる。それでも、安いので性能評価高いのもあるよ。現物1台家にあるし。」
実際、DAHONとかBROMPTONとかじゃなくても、ロード乗りの人がサブバイクに使っている安価なものもある。ただ、どちらにしても、20インチフォールディングバイクの場合、チューブ位置はやっぱり彼女には高過ぎるかもしれない。この時にはそのこともすっかり気づくの忘れていたのだが。
「ともかく、もう一回考えてみる。一応アイデアはあるから。いくつかクリアすれば造れると思う。」ああ、ドヤって言ってしまった。もうね、私が、病気なのかも。
ただ、そんな無謀な話ではなく、同じような変態(?)発想をされるプロの人がおられて、商品として作って売ってもおられる。おかげで、そのあたりの改造方向性は確定している。自分が考えたアイデアは、既に人が思いついて実行しているというのは、別に残念なことではなく、こういう場合は、自分の発想は間違ってないなと確認できる有りがたい状況。
後は、また、パーツ集めと確認作業から。フレームは、いくつか該当するシティサイクルはあるけど、この手のはフレームだけみたいなのではまず出ない。ノーマルサイズ-JISのサイズに合ったクイックリリース対応のフォークも探してこないとまずい。家に転がってるのは多分ノーマルサイズ-ISOの方だったと思う。
帰りしな、大姉からは「こないだ吹上が浜行った時に見つけた。」ということで、ホタルブクロの苗をもらった。
チャリンコ屋さんの知恵を借りて、フロントキャリアのステーは車軸に直接嵌めて貰っていたのだが、ホームセンターで4Mのネジ類を買って、取り付け場所をダボ穴に移して、クイックリリースがちゃんと機能するように修正した。とりあえず、この車体はすこぶる良い感じだが、結果的にワイフへのプレゼントになった。残念とも良かったとも言えないが、次行こう次。
(チャリンコの)神は私に何をさせようとしているのか?!