
鎖骨が破断して、温存療法では無理と宣告されて2日め。その日に150km移動して、泊まり込みの缶詰委員会二日間こなした。別の来週の離島巡業講演の代役もなんとか自分でお願い、調整して資料作って送った。これで心置きなくというわけにもいかないが、お医者さんに言われる通り入院、手術できる。
痛み止めで誤魔化せるのここらで限界かもとも思えて来た。これで来週離島から戻るまで待ってとか、言う私に苦笑していた担当医師をそれ以上困らせずに済んだ。多分、自分でもそれやっていたら、やばかったと思った。骨折で炎症しているので当たり前なのだか、風邪程度には熱が上がっていることに、入院時のチェックで初めて気がついた。
担当省庁の人、別の委員会の自治体担当の人、来週別の委員会予定もあったのだけれど、何その格好?折れてる?中で骨が動く?兎も角、何も考えないで直ぐに入院して下さいって全員から呆れまくられた。戳脚の蹴りで肋骨3本へし折られた時より息が出来るだけマシって思う。
ホテルのドアのノブ子さんに引っ掛けて服破いてもらうから大丈夫だと、介助申し出てくれたNGOのお姉さんの申し出を断って笑いをとって一緒に笑ったら、痛みが半端なく涙が出た。一人で服も脱げない、着替えやはり無理だなと思っていたところ、東京から参加していた古い友人が助けてくれた。
彼は、ああ、子供に服を着替えさせるのと同じだなってシャワー浴びた私に正しくそのように服を着せると簡易ギプスを締め付けた。
「c_Cさん、マジでアホやってないで医者行きなよ。医者行ってから来たよでこれとか、獺祭あったから鎮痛剤代わりに飲んだとか冗談言ってないで。これ絶対安静案件だよ」と私を叱りながらも、フルパワーの痛み止め調達しに薬剤師探しに行ってくれた。田舎の夜、何処の薬局も薬剤師さん帰宅して不在で、最後に世話になってる鳥研究者の奥様の座薬の余りを持って来てくれた。友人に言わせると痛み止めはフィールドワーカーのピルケースには入っているものだそうだ。
後、今は、山口では「獺祭」よりも「日下無双」だそうだ。温度管理できる酒屋にしか置かれてないらしいけど。
胃カメラでやられたばかりなのにに全身麻酔で、また、あの死を迎えるのに近い瞬間を体験すんのか、またリハビリ地獄だなあとか、人工物が体内に入るのとか、いっそのこと、半身ぐらいはサイボーグにしてもらえんかなと。でも高いチタンが実装だぜ。もうアクチュエータが入ってウィーンウィーンとか、子供たち、ホラ吹いて自慢できる年齢じゃないので、残念だ。
病院のベッドに、痛くないポジション探して横になると痛みで簡単に起きられない。でも、生きてるんで色々な痛みも感じないといけない。これはしょうがない。
アホなことを呟くのを止められないのは、痛みで多分何か脳内分泌されて躁病になりつつあるのか、フラッグ立ってるのか。
ならば、何か書いておこうか。
苦しくとも愛しているぜ。
皆さん、良き人生を。