音楽をチコの寝る横で流すことを考えて、流しっぱなしは止めて、「今は、これを聴こう」的に明確な意思を持ってアナログ音楽ソースを聴ける状況が欲しくて、そこは予算の問題もあるので、アナログオーディオの中古を探した。

アナログオーディオとなれば、LPプレーヤー(ターンテーブルと言うべきか)、カセットデッキと云うことになる。ターンテーブルはテクニクスの誇るリニアトラッキングプレーヤーの眷属でもダイレクトドライブ方式で一番廉価なSL-DL1を手に入れたのは、
以前のエントリでご紹介した。実際のところ、Technicsからは有名なジャケットサイズのL-10/15/7のシリーズ以外にも、相当数リニアトラッキングプレーヤーは出されていて、中古の個体だと状態、値段もかなりまちまちだが、メンテした個体は、未だに結構な値段になってしまっている。まあ、クオーツ制御でなく、それでもベルトドライブはやっぱり勘弁って思って、それになった。この長岡のレコードスプレーの香り本当、懐かしい香りだ。
レコードやテープで流れる音源については、ネットやSptifyなどのストリーミングサービスを探せば見つかる場合がほとんどだろうけど、なんと云うのか、アナログ音源からの音楽視聴が、無性にしたくなったのだ。その理由をつらつら考えたりしているが、かつての音楽をかける手順が欲しくなったのかも知れない。
それと同時にネットやPCからのハイレゾや光デジタル接続で、手元にある古い中古のAVアンプの音質は、それなりにクオリティを上げようと遅ればせながら、色々試すことになっている。アウトプットとしての凝った高級スピーカーシステムや音響に配慮した部屋などは持たないので、まあ知れているのだが、ともかく食事作っていても、菓子を焼いていても、チコのケアをしながらパソコン回していても、聴き疲れがしなくて、それでストレスにならないクリアな音が出ればいいなと云うくらいで模索が始まった。
高級オーディオは、今時は終活で、或いはコロナ禍で、急場現金が必要な人なども少なくなくて、売りに出される方も少なくないように拝察している。そんなこんなでかつての垂涎の的であったモデルなどが、一瞬、理性を失いかける値段でオークションサイトをぐるぐる回ってきたりするので、これはなかなか大変な時代だなと思ったりする。そんなことを言っている私も、別に経済的に盤石でもなく、年齢が進めば人のことを言えたものではないのだけれど、バイクマスターのお一人は、御齢75を過ぎ、デュアスロンに出場し、中古のCDを漁り、こんなのが信じられない値段で売ってたと、私に大音量で視聴させ、幸せな生活をしている。人それぞれだと思うし音楽を楽しむ余地ぐらいは絶対に確保したいなとは思っている。

カセットデンスケD5(M)は、オーディオ少年にとって垂涎の的であったところの最後のカセットデンスケ。一番長く作られたモデルかも知れない。状態のいいものは少ないが、一方で内部機構は、意外と丈夫で、機械動作部分も多いので、ゴムベルト替えたりしてなんとか修理ができていて、そういう個体もオークションで流れている。かつてのメーカーエンジニアが、リタイヤしたりして個人で修理販売をやっていたりするのかなと思ったり。私の個体は、あまり状態が良くなかったおかげで最安値で落とせてしまったが、一応録音再生、安定している。調子が悪くなったら、開けて、直せるレベルだなと考えている。レコーディングウォークマンプロなどより大きかった筐体はそれでもMacBookAirの半分の投影面積だ。ギチギチしたメカニズムをこの大きさに押し込んで、基本性能は当時のカセットデッキの最高峰クラスというあたりを維持できていたのは、すごいと思う。ソレノイドではない操作系やスイッチ類に20世紀、昭和の香りを感じる。ソレノイドタイプに基本メカニズムを維新するより、同じ一定評価のメカを作り続けたということでもあると思う。まあ、余計な電気を使わないというのも、電池駆動もあり得る生録機としては、当然の判断だったかも。
ちなみに、モデル名の最後にMがつくかどうかはメタルテープ対応と、デュアドフェリクローム対応の違い。どちらも高性能テープだが、存在するものは新品であろうと年代物だ。メタルテープは特にオークションでもほとんど見なくなったし、メタルテープの古いものは、非酸化テープである故に、劣化(酸化?)して使い物にならなくなっているから、メタル対応のMでなくても何も問題はない。

カセットデッキ周辺も、それが潰える時期の製品は、コストダウンで、レベルメーターなどもなく、むしろCDのように何も考えずに録音再生できる操作系を目標としていたのを感じる。それでもリミッター機能が効くか効かないかというLPからギリギリの入力でノーマルテープに取り込んだ音は、確かに当時の最高クラスのカセットの音だなと感じる。
その後、生録はサンプリングは欲張らなかったMDや本気のDATのPCMから、ハードディスク、更にはメモリーカードに記録されるようになり、テープメディアの終焉を迎えることになる。

音楽用ミュージックカセットがノスタルジーや、頒布の容易さなどから、アーティストの間で復活して、東京には専門店もできたという流れになっているのに影響されたわけではなく、かつての音楽テープの再生用にこれも安く入れた。ガチャガチャ動くオートリバースだし、スリーヘッドでもないが、基本性能は分野の製品末期でとてもちゃんとまとまっている。中古頑張って探せば、スリーヘッド、スリーモーターの往年の名器がそんな高額でもなく手に入る。そちらに手を出さなかったのは単に、ラック内のスペース確保の問題でもある。もう一台がカセットデンスケになっているのも同様。ノイズリダクションシステムは、ドルビーB/CどころかHX PRO(もちろん再生時対応)までついている。十分だ。レベルメーターすらなく、ラジカセ並みの入力レベル自動録音。通常はセットCDからの連動で音圧レベルは決まっているような使い方が前提なので、少し不安だったが、LPやFM、PCからの音楽ソースを片っ端から録音してなんの問題もなかった。まあ、こちらは再生専用機として使うつもりではある。考えてみたら、オートリバースのカセットデッキというのは、カーオーディオでは、この当時すでに枯れた技術であって、高級オーディオから降りてきたカセットデッキのそれとは別に、安定して高耐久性のものは低コストで作れたろうなと思い当たった。ただ、このローディングは平面にカセットテープを入れるものとしてはかなり良くできているなと思った。ワフフラッターなども、十分可聴限界に近く、ピアノ曲の再生などにも不安もない。マスターテープ代わりにNHKの名曲アルバムを手に入れたが、ダイナミックレンジも、ああ、当時カセットテープでここまでは到達させたんだよなぁっていう1980年代の高級機のレベルよりずっと上だった。こういったものが技術革新でフォーマットから無意味になった時代を思うとなんとなく悲しくはある。今のデジタルオーディオには、ワウフラッターもテープヒノイズもノイズリダクションの出来も無関係だ。次は内燃機関のようだけれど。人自体が無意味にならなければいいかもって思う。
この手のモデルの問題は、ローディング機構がぶっ壊れるのが多いのだが、それ用のゴムベルトがおまけでつけられているところなど、今の中古アナログオーディオ販売をしている人たちの理解とケア意識がよく分かって、嬉しかった。高級オーディオデッキと違って、ヘッドアンプの電源部なども凝ってなくて、小さいだけではなく、ものすごく軽いのだけど、それもむしろ長所だ。

Onkyoのミニコンポシリーズの、このスピーカーモデルONKYO D-N7EXはONKYOが継代的に改良モデル出していた一連のミニコンポ用のスピーカーシステムで、白いコーンは、「コーンキャップを持たない一椀形状に一体成型され、軽量化と剛性の両立を高いレベルで実現し、音の濁りに結びつく分割振動を抑えることに成功、振動板を駆動する磁気回路には、コンパクトオーディオではあまり例を見ない8cm径の大型マグネットを」という具合に、既に性能が低いものを出しても相手にされない時代に、コストと戦いながら果敢に戦った技術者と生産現場の努力の結晶っぽいところがある。中古とは言え、この値段で手にしてはいけないのではって思ったりする。安価なステージの製品でも、ぞんざいに扱う気にならない。少なくとも作った人たちへのリスペクトは持っていたい。AVアンプなるものがどうなのかみたいに考えず、何も考えずに最初からX-N7EXのミニコンポシステムを手に入れるという方向で色々入力をつなぐ方が、LPプレーヤーやPCからのDAC出力処理などは別にして、無駄も少なかったかもという気もしている。
チャリンコの師匠のひとりに教えてもらったのだが(彼はなんでもマニアック)、安い上に、効率も入力上限も余裕があって、狭い我が家では、十分な音で鳴ってくれて、でもオーディオファンなら、みんな目録以上の性能だということを知っているモデルらしい。あまりにもCPが良いので、もう一台、バックアップ用を手に入れてもいいなと思ったくらい。
現在、高周波帯域の音が出したいなと思っていて(とは言っても50kHzだが)、そのためのテスト用スピーカーを探している。

このフルコンポの3分の2の幅のKENWOODのKシリーズは、ICを使わないソリッドステートアンプとしてダウンサイジングのCPの良い高性能オーディオシリーズとして、90年代に評価されたものだ。先行して出された1001Gからphono equalizerを省いただけのもので(既にMMカートリッジ用のphonoアンプは購入済みだっったので、追加で買うならMCカートリッジ対応のアンプも考えたが、もうそれは使うことはないなと判断)、更にCPが上がっている。思いの外、音がいいのとCDダイレクトモードを持っていたで、こちらにはLPプレーヤーとCDをRCAで繋いだ。実はもう一台の古いAVアンプにはCDデッキから光デジタルで出していたので、そちらから出すことも可能だ。
中華製の無電源スピーカーセレクターを間に挟んで、なるべくスピーカーケーブルを短く作り直して聴き比べてみたが、好みとしてはこのシステムではKENWOODの音の出し方の方が良いように感じた。まあ、どれも数千円で手に入れてきたので、目録以上に働いてくれてるので満足度は高い。
ちなみにこのスピーカーセレクターは2:4のタイプのものでは最安で、メーカー品のセレクターは中古といえどもぼろぼろでも10k¥を下回ることがないので、やむなく博打を打ったのだが、私の個体は当たりだった。あと、一応、アンプの保護回路が入っていて、音が出なくなったりする場合がある模様。一旦、接続アンプの電源を切って、きちんと結線し再度、アンプ入力をやり直せば、大丈夫なようだ。また、これを繋いで音が弱くノイズだらけになったみたいなレビューがあるが、スピーカーのケーブルの最短化をやってみたら、問題がなくなるかも知れない。その実験もやってみたが、今までアンプA→スピーカーAに繋いでいたケーブルをこのセレクターに繋いでこのセレクターからアンプA→Bに繋いでいたケーブルをスピーカーAに繋いだら、ただでさえ余裕がある長さだったのが倍になって抵抗も倍になるわけで、当然音質は悲惨なことになった。これを機会に冗長なケーブルを最短化して、繋ぎ直したら、音質劣化は、私の耳には、ほとんどわからないレベルになった。この製品については、色々、厳しいレビューが出ていたので、安かろうでダメだったら、中身を開いて、結線やハンダからやり直す覚悟ではあったけど、どうやらそれはしなくて済んだ。

古いAVアンプに、PCからはDACでの出力を同軸ケーブルで繋いで(一部には光デジタルケーブルより音質的に良いという話もある)、CDデッキからは光同軸ケーブル、カセットデッキをアナログRCA入出力っみたいな感じでなんとか繋いでいる。そもそもPC入力はないし、入力との相性も模索中で、セレクターと微妙に合ってなかったりするので、マーカテープにメモ書き。この洗練性のなさを見よ。
この時代に、20年前のセミクラシックオーディオアンプの音に驚いたりすることは考えてなかったけど、自分がそういう世界から離れて、そして秋葉原でもオーディオ店がパソコン店に代わり、フィギュアやアニメの店に代わり、その歴史の地層の奥深く、日本の技術力とGDPを引っ張っていたオーディオ業界は埋没していったわけでは無いと思う。技術力でどう戦うか考え、確かな遺産を残すべく戦っていたのだなぁって思う。確かにオーディオ自体がコモディティ化していき、そこにデジタル、ストリーミングという新たな流れが生じて、オーディオ装置として新規に何を生み出せば良いのか、正解がない時代になったのかも知れない。
今は音はデジタルデータに変換され、これは従来のアナログアンプとは別世界のデジタル回路による「アンプ」とソフト的に扱える世界になっているが(それ故、巨大なトランスやソリッドステートアンプ回路は必要なくなる)、デジタルアナログが混在する状況は、こだわりが無い者ほど、気楽に音楽や視聴装置を楽しめる状況なのかも知れない。

PCからは安いUSB-DACとはいえ、192kHz 24Bitハイレゾ対応の製品で音を出すことにした。使ったことがなかったので、既にCDデッキとは結線した光デジタルケーブルではなく、ハイレゾ用の同軸(デジタルコアキシャル)でAVアンプと繋いでみた。AVアンプはハイレゾ未対応時代の製品だが、それでも、これまで使っていたPC内臓の安いグラボのDACからのアナログ出力をミニステレオプラグケーブルでAUXにつなぐより、音の解像度というか粒の細かさみたいなものは向上した。まあ理屈としてデジタル信号がそのまま行くわけで、当たり前か。実際このAVアンプでもそれが実感できるほど、音源の良さがわかるレベルになった。大したオーディオ遍歴のない自分レベルには、なんだ?これは、っていうところ。

まあ、チコたちと居間をシェアしているので、抗議が来ないような視聴と音源、選曲は重要である。
本来は、「チコにお昼寝時流して良いと許可をもらった曲シリーズ」の11回目として、チコ許可マーク付きの音楽紹介をやるつもりだったのだけど、思いの外、評価してもらえるような見識など何もないけれど、オーディオ装置の具にもつかん話を話をダラダラやってしまいました。結果、こうなりました。ひっそりしたブログですが、割と固定的にそのテーマを見にきて下さっている方々もおられるみたいで(その時だけアクセスが割と上がる)、申し訳ありません。
一曲だけ、ちょっと今お気に入りで、繰り返し聞いているのが、これ。フルオーケストラのシンフォニーは、ダイナミックレンジも広く、チコが寝ているタイミングでの部屋での視聴は、なんとなく選びにくいかなぁと思っていたが、そうかピアノ版ならいいかもねって思ったりした。
大好きなアルゲリッチらの演奏で、タイムスタンプが2020/12/4で、ライフログで検索しても引っかかってこないので、直接貼り付けている。シンフォニーの単楽器アレンジによる演奏版は、ギターでは山下和仁の『展覧会の絵』など有名なのがあるが、そうかそっちもあるのだなって思った。FMクラシック番組のネタにもありそうで、色々知られているかもとは思う。視聴ボリュームもあるけど、明るい曲そうだし、バーンってオケで鳴り響くよりは、チコと一緒に聴くのにはありだなって思った。
ジャケットはそっけないけど、むしろアルゲリッチ色を消そうとしたのかもしれないなって思った。彼女はもはやその名声と実力で前面に立つ段階ではなく、新たなる才能をプロモートする立場だ。このピアノ曲自体はゼルマール・バッの作品で、アルゲリッチがその才能を認めたテオドシア・ヌトコウとの共作ということになる。ライナーノーツなどの解説は手元にないけれど、
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