
全盛期には3ha近くの領域をパトロールしていたチコだったが、高齢と怪我もあって、現在は、引退後わずかな花形公演を時々やったりしている舞台俳優みたいな状況ではあった。
最近、彼のテリトリーの多くを占めていたこの農地に測量が入った。ここも遠からず宅地に変わることがはっきりした。借りものの私の家庭菜園も、別の土地を探さねばならなくなった。

彼は王国の維持やテリトリー防衛の労力をもはや手放しているし、パトロールも、彼が望むこともあって、私たち家族の同伴がないと、できる状況ではない。外に出ても、かつて彼が駆け巡った畑の方向には、10回に1回も行かない状況なので、ここが利用できなくなっても、もはやトラブルを心配する状況ではない。

私だって、暖かくなったら、ここの菜の花を抜けて、日向ぼっこして、みたいなのを考えていたが、それは叶わなくなってしまったかもしれない。思えば、農地や千萱原ばかりだったこの地域は、奥の方までたくさん家が立って、小中学校は、クラスが増え、このコロナに地方経済が苦しんでいる不景気な状況でもそれは続いている。住宅地も歳をとる。ある時期に家を建て移り住んだ人たちがやがて歳をとって、そこが再開発されず次世代が新しく家を建てたりしなければ、そのまま衰退していくというのはある。まあ、お年寄り専門の事業体やビジネスが入り込んできたりするけど、住宅地はある程度若い世代が入ってくるような代謝がないと拙い。結構なことかもしれない。

チコが珍しく検分をしっかりやって、パトロールに付き合った日は、先週だった。今回は末っ子が戻ってきているので、彼に付き合ってもらった。

このビニールへの執着が謎だった。ワイフがお供をしたときにも、ここまでたどり着いて、こんな顔をして擦り付けていたそうだ。なんの匂いが付着していた結果なのか、他の猫たちも同様にこれやってたのか、一種のサインポストなのか、彼や彼の眷属たちのことでも、わからないことがまだまだたくさんある。

これは畑の今の管理者が持ち込んだもので、新築中の材料でもなんでもない。住宅地のわずかな一角だったが、管理者の配慮のおかげで、彼と私たちを色々な意味で楽しませてくれた空間だった。

この日は、1月とは言え、結構日差しがきつくて、背中が熱いなーと思ったら、彼はここに潜り込んでしまい、しばしの時間、眠っていた。私がいるのも安心材料なのかもしれない。家で、それなりに動き回ったり、食べたり、寝たり好き勝手やっているように見えるが、食事の時間以外は、本当に出かけっぱなしの放蕩息子だった。動きづらくなっても、いつもこういうことはやりたいのだろうと思うから、ここまでついてきたわけだが、本当にそんな感じ。こういう時間が過ごせるのは、後、何回だろうって思ったりするようになった。

彼のハンディキャップを負った、左後ろ足の問題もあって、薮化した場所にわさわさ飛び込んでいくことはできないので、彼が悩むときには、抱いて私がそこを突破する。末っ子がついて行ったときには、なんとか自分で抜けて行ったようだった。相変わらず好奇心が強く、新築中の家の方に行こうとしたので、そこは戻るように連れ返したと、末っ子が言っていた。彼は成功体験から、人の家を、クマネズミのハンティングサイトの候補として見ているところがある。天井裏にクマネズミが走り回っていて困っていて、ウェルカムでそこで狩をした上に褒めてもらえる家は、多分、そんなにないと思うのだけれど。
私に有り余る財産があれば、ここにそういうクマネズミで困っている人の家を何件も建てて、エキストラとして、誰かに住んでもらう。アラブの王族でも思いつかない贅沢だろうというバカな猫夢を見る。

筋肉も脂肪も、彼を守っていたプロテクターが落ちてしまったので、あまり長時間は外で活動させられない。油断すると、呼吸が上がったり色々トラブルの原因になることが分かっている。自分の体はよく分かっているようで、それは人も猫も同じ。無理をしないように、見ておく必要がある。
色々なところがなくなろうが、出かけていけなくなろうが、彼が今いるところが、彼の王国だ。ずっと。そして我が家はそのコアエリア。