私がチコの夢を見たり、長男がユッチの夢を見たりすると、家族で互いにその夢を共有して、互いに報告などし合っている。おめでたい、奇特な家族と思われるかもしれない。
実際我々家族にとっては、ささやかだけれど、おめでたい話なのだ。 せめて夢で会えたらっていうのが実現しているのだから。
最近の夢の話は、以下のエントリ。・チコの夢〜名前のない猫・チコの夢〜名前のない猫 #2・川面の下の猫の都〜dream therapy
本日、末っ子が仕事から家に戻って、開口一番「今日は天国みたいな夢を見た」って言い出した。
「?」「みんないたんだよ。」
「みんなって?みんなか?公陳以下みんな?」「そうだよ。それでみんなでわちゃわちゃやってた。」 確かに物凄い天国だなと思った。
「でも、『インセプション』で出てきたベーゴマみたいなのが回転し始めて、これって、これが夢か夢じゃないか、そのテストみたいなやつで、ああ、これ夢だって思って、思わずそれを手に取ってしまって、目が覚めちゃった。」
私には逆立ちしても見ることができそうもない圧倒的なイマジネーションに満ちた夢見だが、以前、夢の話をしたときに、かつて流行ったセノオ族の夢見の技がブームになった時があった。これについては真相はかなり怪しく、スピリチュアルビジネス文脈で作られた可能性が高い。この話も以前に書いた。

悪夢を見ることも多い息子にはついでに、夢見の最中にこれは夢だと意識して特に悪夢の方だが、夢をコントロールする話をしてしまった。その影響もあるかもしれない。私は本当に、余計な話をしてしまったのかもしれない。
「起きないと拙いって頭があったからだけれど、それが分かってて、コマを手に取ってしまった。」「今日、休み取れてたら、そのまま夢見を続けてたと思う。」 もう十分に、異能力レベルだなって思った。
「公陳丸については、僕はまだ小さかったから、夢の中では、ディテールがちょっとぼやけてるんだ。」そこまで観察して、意識できていることに驚く。
ちなみに私は、悪夢から脱出する方が得意だし、それはちょっとした興味深いプレイになってる。未だに、結構夢は見る方だと思う。もちろん悪夢を見ているときに、これ夢だなって認識したときから脱出が始まる。多くの人もそうだろうけど、離脱過程で見るイメージが楽しいので、しっかり覚えているということもあるかもしれない。

今回の夢の話はここでおしまい。
彼らの夢を家族の一人が見た。それだけが今彼らとのつながり、だという話ではない。 彼らと一緒に暮らした家族の日々も、それら全てが私にとっての思い出だ。
自分がいつか最期を迎える時、そのことを思い出して、彼らと家族に感謝しながら、勝利の笑いを浮かべて終われるだろう。きっとそうなると信じている。
追記ー次男の夢は、勝手口のところでチコが寝転がっている夢を見ている。ワイフがこの数週間後、ナッチとユッチの夢を見たというので記録。家族全員の夢の記録が冷蔵庫のホワイトボードに記録されている。
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