"Scaborough Fair"の演奏が、自分の指とギターから出てきたときには、ちょっと誇らしい気分になったものだ。その流れでアコースティックギタリストでもあったポール・サイモンの"April Come She Will"(youtubeリンク)や"Angie"(youtubeリンク)なども、も友人たちと競ってコピーを果たして、演奏できるようになっていた。随分ギターも触っていないので、私の指からそちらの中途半端な演奏能力はほぼ抜け落ちてしまったようだが、それでも少しは指が覚えている。
このブログで「どこからかギター弾き語りのさりげない女性ボーカルが聞こえてくるのだけど…すごく良いじゃん。誰なんだろう? 」ってシリーズを思い出いs多様にやっていて(リンク#1、#2、#3)、そうなると自然とトラッドな雰囲気の演奏家の動画を見ることも多い。私はギター一本、アンプラグド、ミニマムオーケストラで素朴であってもトラッドとは違う方向の曲を好んで聞いているのだが、かつてのサイモンとガーファンクルで刷り込まれたものは小さくなくて、それで、彼らの一番好きな曲の一つ"For Emily, Whenever I May Find Her"(日本語タイトル「エミリー、エミリー」。後述のライブバージョンyoutubeリンク)のカバーやってる人いないかなと思ったが、女性では一人だけおられた。ただ、そのギターのバージョンは、ポール・サイモンが最初に録音したスタジオ版であって、かなり格好よく修正したライブで使われたバージョンではなかった。そっちのバージョンはとても歌を歌いにくいのだが完璧にコピーしていて、むしろすごいと思ったのだが、あのアート・ガーファンクルの極致ともいえるボーカルを引き出すGreatest Hitsにも入れられているライブのバージョンのカバーではなかった。そして彼女は7年前以降、活動もしていなかった人なので紹介するのを見送った。驚いたのは、John Fruscianteがライブでやってた。Red Hot Chili Peppers、いわゆるレッチリのギタリストだ。すでに半世紀たっているフォークロックのバラードの小品、この曲気に入っている人、あちこちにいるんだなぁって今更ながらに思う。自分もこの曲やりたさに12元ギター借りてきたりしたものだった。
ここでは「不可能な課題」(impossible tasks)を相手に課すというモチーフが特徴的だ。 原曲: 確かにスコットランドのバラッド「The Elfin Knight」(Child Ballad No.2)が原曲とされ、17世紀頃から記録が存在するとのこと。 不可能な課題は、lyricsでは「継ぎ目もなく縫わずにカンブリックのシャツを作る」、「そしてそれを、涸れた井戸で洗え」、「波打ち際?で麦を実らせる」、「若の鎌で麦を刈り入れる」など、達成不能な課題を課す「試練の歌」の形式となってるが、これに反戦ソングとしてのメタファーが入っていて、: ポール・サイモンが「Canticle」(詠唱)という反戦詩を対位法的に組み合わせたことで、ベトナム戦争時代の文脈で受け止められた。ちなみに、原曲の詩には反戦の意図はない。このテーマは、英国やヨーロッパの民話・マザーグースに頻出し、特に「条件付きの愛」や「試練」を象徴している。これらは、「できなければ私のものではない」(Then she'll be a true love of mine)という条件と結びつき、「叶わない愛」や「失われた約束」を暗示する。
これらのモチーフは民俗学的には「ATU 875型」(賢い娘の難題解決)や「AT 2200型」(不可能課題)として民話類型論で分類されているとのこと。特に「素材のない製作」課題はユーラシア大陸に広く分布しているようだ。ちなみに、「AT」 は、Antti Aarne(アンティ・アールネ) とStith Thompson (スティス・トンプソン)の略称。「ATU」 は、ドイツの学者 Hans-Jörg Uther(ハンス=ヨルク・ウーザー) が2004年に改訂版(The Types of International Folktales)を刊行したため、「Aarne-Thompson-Uther」 の略称とのこと。
民俗学における類型化の整理として、以下のようなものがあって、「スカボローフェア」はそのまんまだ。
ATU 875型(賢い農家の娘)→ 王や貴族が出す難問を女性が知恵で解決する話。
AT 2200型(不可能な課題)→ 達成不能な要求を含む話。賢いヒロインと実行不可能な目的とそれを助ける主人公、あるよなぁ、ジブリアニメでもそういうの。
この類型は色々便利で、『長靴をはいた猫(Puss in Boots)』ATU 545B と分類される。知略のある猫(この存在自体が超自然的)が主人のために策略を用い、富や地位を手に入れる物語。この類型として、『ガリューゾ(Gagliuso)』というのがあるらしい。無一文で病気にかかった主人であるピッポに王女の富と手を差し伸べる猫の物語。『長靴をはいた猫』より時系列的には先行していいる。日本のコミックだと、この類型はたくさんあって、すごく愛されてる。