哀ー地求博で遊ぼう

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お伝え頂いている地球博への印象,多分,私も今のような年の取り方をしていなければ,同じように捉えていたと思います。
 批判的なブログも開催されてちょっと経ったらほとんど見なくなりましたし,具体的な批判の部分に力を感じません。
 ちょっと,終わっちゃった地球博で遊んでみましたのでTBいたしますね。
 ブログにも,批判的なトーンは開催前には多少は書き込まれていましたが,ここなどは,6月になって,更新が止まっております。座礁したみたいです。おしなべて,批判ブログは,尻つぼみの感があります。
 何故でしょう。開発には,損失と利益という比較の問題があって,多くの人にとっての利益や満足度の高さが,高かったと云うことであるかと思います。その一つが,予想よりお金が儲かって,赤字博という批判を完全に払拭したと云うことに尽きるのかも知れません。開発を絶対悪とするには,生物多様性保護以外,人間の分野には,強制的な立ち退きを食らった方は別にして,見かけの損失としては,ほとんど何も見えてこないからだと思います。
 
 とりあえず,関わった方を否定すると言うことではなく,ここの国のこういった分野の話の進め方において一定の法則があるようですが,ちょっと遊んでみましょう。

 動員数見ると,とりあえず名古屋人の地元のテーマパーク,出銭ーランドとしては機能したと云うことであると思います。異常ともいえる数十回目とか曰う地元リピーターの数がそれを示しております。

だって名古屋に出銭ーランド無いがね。ほかんところで近いところは飽きたでしょう。そんだで,また来たんだわ。中に知っとる奴おるもんで,メールで教えてまってよぉ,空いとるってきいたら子供連れてすぐに行くがね。みんなやっとるもんで,結局,混むか混まんかわっかれせんのぉ。でも後の方は,どえりゃぁ混んでまったでかんわぁ

 私も名古屋ネイティブで住んでいたらやっているだろうなぁ。毎日曜日行っているかも知れません。そんなもんです。
 因みに,こっちから最後の月に老人会のツアーで行かれた知り合いのご婦人は,40分並んでジュースを買っただけ,中にはいるために並ぶ体力も意志もなく,外側から写真撮って下呂温泉に逃げた,そうです。さもありなん。

 問題は,「海上の森」を潰して開催した敷地は,そもそも猛禽類の利用分布中心の一部でしたが,全部元通りの森林にして復元するという話だったのです(関連の委員会もそれで,この多くのエコロジストが開催を反対した地域での開発にOKを出した)。しかしながら,やっぱりというか,既に,反古にされそうな話が進行しております。そもそもあの場所でやるという発想自体が,生物多様性保護を前提にしたら私の常識では,あり得ませんね。

 論議は,たとえば,ここのテキストなど,話はかなりマイルドになってますが,相当熾烈な反対があったことなど既に古文書と同じです。
 
 「自然生態系保護」じゃなくて「自然生態系反古」だなんて,最初からワープロの変換ミスだったのかも知れませんね。

 多目的な開発敷地が欲しかったし,もともと某メーカーさんが持っていた敷地もかなりあるということです。最も上手く博覧会商売を牽引してくれる企業の都合に合わせたと云うことのようです。丁度,当時,某大霊●研の教授のところに行く機会があったので,開発地の検証に巻き込まれた生態学者がどのような結論や提言を出していたのか話を聞いていておりました。当然,愛知県の丘陵部でいい加減開発しつくされて,貧相な生態系しか残っていないあの辺り,唯一まともそうな場所にわざわざ作ると云うことが最初は理解できませんでした。

 私,地球博というおはなし,タイトル通り真面目に聞いたまま捉えていたものですから,森林や小川を越えるとその先に古い旧家があって,入ってみたらパビリオンだったなどというレベルの地球博をやるつもりなのかなと思いましたが,どわっはっは。
 それっぽく出来たのはさつきとメイの家だけ。まぁ蓋を開ける前に,野外博物館もお金が有りすぎて入れ物整備という方針から離れることが出来ず,まともなものを作ることが出来ないこの国や経済界がそんなモノ作るはず無いと,分からなければいけません。
 でもって,この場所に拘った理由がよく分かりました。ハコモノ博覧会ではないものを作れる唯一の正統な理由を持ったチャンスを逃して,1970年と同じ,バラ色の土建屋さん頑張る未来博をもう一回やったわけです。少年少女に,君たちが大人になる頃には悲惨だからね,上の連中,何にも大したことしてないしなどという,悲惨な現実ばかり見せつけるのも何ですが,そういった目を見開いて見なければいけない現実を,展示したパビリオンは,日赤だけだったというのもねぇ。

 正論,王道から外れれば,地球から「王」をはずして,「(土)地を求めた」博覧会。そうです,みんな土地問題に帰結させましょう。みんな日本の土地が狭いのが悪いんや。主宰者側の責任じゃないですよね。「痴求博」よりましでしょう。

★一つ目の損失。ハコモノ巨大テーマ博とは異なる路線で,それでもお金だけは潤沢につぎ込むというやり方を試せる貴重な機会を潰した。今後もどれだけ高尚かつ人類存亡の問題にコミットした話を扱おうとも,巨大ハコモノ博である可能性は高いだろうなぁと思われます。まぁそれがエキスポなのかもね。所詮,見せ物と言われるもの以外のモノはとうとう提案として出てこないのがエキスポかもしれません。

 圧倒的な資材とエネルギーをつぎ込んで作った入れ物や展示物の内容は,たしかに「地球のもの」ではあったと思います。
 ただし,「愛」は,日赤のパビリオンがなければ,外した方が良かったかと思っておりますし,あれも基本的に,組織の性質上,ヒトだけの話であって,地球への愛ではないですね。そうか,地球=地球のどこにもはびこって生きているヒトというという意味か。私自身,小学生でも分かる間違いをしておりました。すいませんねぇ。
 「俺たちってこんなに可哀想,でも俺たちってこんなにグレート!」というテーマだったのかもしれません。で,今更,誰も批判などしませんから,「俺って本当にストロング!」なのかもしれません。

 タスマニアに行ったとき初代シビックに手を入れながら乗り続けている人に会いましたが,古いCVCCエンジンなど排気ガスまき散らしでお話にもならない,それよりも実効燃費,軽とあんまり変わらないハイブリット車を量産して売る方がエコである,お爺ちゃんの代から作っている農産物よりも,突き詰めればロボットや自動車や電子部品のプロダクツ・メーカーの方が上で,政治家はそこを大切にしなければいけない,そういった価値観の国のお祭りです。それで構わないのですが,実際何をしたかったのかよく分かりません。
 成功=お金儲けという図式以外ではっきりしたものは余り無かったような気がします。

 でも,日本は,メジャーな流れとしては,先端技術で,テクノロジーで,人類や地球の危機を乗り越えようと云う価値観で生きていくしか無い国なのかも知れませんね。例えば,お隣に数十億の人口を持ち,これからみんなの真似をして浴びるように資源とエネルギーを使うために「発展」しつつある,或いは発展して貰って商売させて貰おうという国があります。そこにに対して,自分のところが散々エネルギー・資源の宝飾を体験しておいて,「おいらのところは,江戸時代に学んでやっていくところにエコの知恵があるなんて言われても,まるっきり無理だでよぅ。地球さんのためによぉ,わりぃけど,おみゃーさんのところは,30年前ぐらいのテクノロジーと経済活動で生きてってちょ」と言える立場では既にありませんけど

 ドラえもんのように,無から有を作り出し,全ての矛盾をボタンを押すだけで,一瞬にして解決する環境テクノロジーを作ることしか考えちゃぁだめのようです。

「あ〜んドラえもん,このままだと人口が爆発して食糧危機で,食べるものが無くなっちゃうよ〜」
「大丈夫だよ,のび太君,ほら,中性子爆弾ン〜!」
「ドラえもん,これはなぁに?」
「これ数十発で,地球人口を1/10以下にできるんだ。放射能汚染も,比較的少ないしね!」

まぁ,作れても,そんなものでしょうけどなんて言われたら困るけどね。

★★二つ目の損失。国家安全保障に関わるほどの全地球的環境問題について,テクノロジー礼讃の路線以外の分野は,特に日本国民の生き方や都市構造のグランドデザインや,産業構造について何の具体的提案も出来なかったし,そんなものしないよ,したってしょうがないでしょ?という路線の強化を行ってしまった。打ち水など,イベント化したけどね。焼け石に水でエコごっこしても,それは,プリウス乗ってエコごっこするのと同じなんですよ。打ち水を自動的に行ったのと同じような,人の暮らす町をなぜ提案しようとしないのかな? アスファルトとコンクリで固めた町にしか住めないこのイメージの貧困さを打ち破るだけの人口居住空間でも造って提案したら。そんなことも出来なかったの? 良いモデルは沢山あるのにねぇ。やっぱりお金足りなかったのでしょ? 貧乏な博覧会は駄目だねぇ。

 そうです,日本はテクノロジーと心中する国家としてしか生き残れないという宣言をやったわけです。今更世界に名だたる環境農業国家になることなど出来ませんから,だったらだったで,博覧会会場だって道路や新幹線のような自然の真ん中に通す必然性が必ずしもあるわけではないのだから,ケレン技を使わず,潰す自然のないところで,開催した方が良かったのじゃないでしょうか。あんなアクセスが大変なところ,動員人数を考えるならば,新名古屋空港横とか・・・あっちも海を埋め立てているか。それよりも,名古屋市民が,あんな不便なところ行ったれせんって言うかも知れませんね。

 もしも私が旧約聖書の恐ろしい神みたいな地球の神様であって,私に対する愛を博覧会で示せと云う要求を突きつけて,その回答としてあの場所に,「こんなん作りましたけどぉ」ってヒトが答えを出したものが「アレ」であったとしたなら・・・ソドムとゴモラじゃないですけど,私みたいな気の短い神様なら,怒りで一瞬に名古屋一円ぐらいは消滅させているかもしれませんね。

 いやいや,その前に旧約聖書創世記のロトに倣って,もしも一つだけでも,地球に対する愛を示したものがあったなら,許してねって,神様の試験問題の合格ラインを値切った者が居たとしましょうか,どうでしょう,ありました? 一個ぐらいは? 地球をちゃんと賛美した展示が。基本的にかつての大航海時代の大国が,植民地とした土地からの略奪品,収集物を大切に展示しても,別に「現地の文明や自然環境への愛」を示した訳じゃないことをお断りしておきます。

 そう,もちろん,そんな回答として博覧会を催したわけじゃぁないのでしょうから,別に,構わないと思います。人間は,地球と地球の生物に対して,どのような契約も交わしておりませんからね。何やっても大丈夫よ。

えぇと,何博だったっけ? 思い出せない。

 何博でもいいじゃん,金,儲かったそうだから。地球の名を借りて商売して,そこそこの環境技術への夢も見せられたし,企業の宣伝にもなったし,いいことばかりじゃん。これからもどんどんモノ作って売っても,環境技術で地球への負荷も無いはず。地球さん,こんなことで怒ったりしないし,訴訟されることもないし,例えクライアントでもルールを破った場合は狙撃しちゃったりするゴルゴ13のようなまねもしない。安心して,約束反故にして,あの土地そのまま使って何か作りましょう。地球って偉い! よっ! 男前! 太っ腹!
 そうか,地球とそこに生きる人類以外の生物の,太っ腹なところを見せるための催しか。
 古代文明が何も考えずに暴走してしまったところは,燃料としての森林資源を食いつぶし,しょうがないから,他の国から資源をかっぱらうしかなくなって軍国化して,やがては,そのバトルに巻き込まれた故に,更に強いところに負けて消滅したか,自国の環境資源を徹底的に破壊して砂漠化して,自己崩壊するしかなかったわけです。その太古の記憶が,旧約聖書の恐ろしい神を産んだのだとしても,私は何の不思議でもないのです。何故,神を産んだ土地が荒れ地や砂漠になっているのか,この不思議な付合に,全てに神が宿う豊かな自然環境を持つ日本に生まれた人間は,気がつくことは余り無いでしょう。ローレンス大佐みたいに“It's clean!”だから,砂漠に棲みついたわけじゃぁないと私は思うよっていう話です。が,今度は上手く成功するでしょうか。

 因みにソドムとゴモラの罪は,最近の聖書解釈では,ソドミーな行きすぎた性の乱れではなく,「客人虐待」ないし「異邦人冷遇」だそうです。ホンマかいな新説かと思いきやそうでもないらしい。愛知博はリピーターが多かったから大丈夫!? 名古屋人に回数無関係のパスなんざ渡したら,そりゃぁ何度だって来るよ。
 遠くから来たお爺ちゃんお婆ちゃんに自販機に40分,列ばせたよね。こんなくっそあちぃところに来たお客さんは大事にしたつもりだでよう,まぁこんなに来てまったんでしょうがないがや。そこんとこ分かったってちょ,ということでしょうか。

★★★三つ目の損失,あっちぃ所であっちぃ催しやって,一杯エネルギー使って人を集めて,ソドムとゴモラに近いような客人への虐待をやった。名古屋に持ち家や親戚がいる人は隙をついて出直せたけど。
 これは,旧約聖書的には都市消滅に値するほど罪が重いそうですよ,大変だぁ。
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by complex_cat | 2005-10-03 14:15 | Oracle of Cat King | Trackback | Comments(0)

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