アブラギリへの夢想
2006年 10月 08日
この樹種の成り立ちから,自然分布ではないのではと思ったりすることもあるのですが,時期になると,その種子の散布量は,大型であるにもかかわらずかなりのもので,そこかしこに落ちています。ちょうど今の時期。
でも,不思議な場所にこの種が大量に落ちています。道路脇は近くに親木が無くても上の方から転がってきたと考えれば説明が付くのですが,それでは説明が付かない場所にも,このでかい種が集積しています。????
途中で,木の幹にバウンドして,更に斜面などを転がり落ちたとしても,ゴルフボールではないので,30m以上転がることは希です。あくまで,動物の力を借りなければ,ということで,それ以上の距離に唐突に未生(芽生え)が出現した場合,そこには何らかの散布者の存在を考えねばならなくなります。
この大きさ,形状から云えば,種子食が得意のヒメネズミも,利用することは出来ません。顎の大きさに対して種子がつるんとして大きすぎるのです。同じ理由で,トチノミもヒメネズミは利用することは出来ません。ネズミが種子を囓るには,上の門歯で種子を固定して,下の門歯を鑿のように前後に動かして,削り囓る必要があるのです。もちろん種子が小さく,その齧歯類の噛む力に比して皮が薄ければあっさり粉砕して中身を食べることはできますが,トチノミで,ぎりぎりアカネズミが利用できるということが飼育下での観察から分かっています。
このアブラギリは,ヒメネズミは言うに及ばず,アカネズミでもかなり苦戦するでしょう。餌資源として利用できないものを貯食のために移動させたりすると云うことはあり得ないので,種子食が可能な森林性野鼠の代表選手であるアカネズミとヒメネズミがこのアブラギリの種子散布に寄与していないと私は考えています。
となるとこの林道沿いに分布を広げてきているアブラギリは,どうやって種子を散布させてきているのでしょうか。私は,重力落下のみにより散布を広げていると思っていたのですが,周辺にも親木が全く成立していない場所で道路の反対側のマウンドの上の方でアブラギリの幼樹を見て,首をかしげてしまいました。
ヤクシマザルが,このアブラギリの散布に寄与しているのでしょうか? アブラギリは最初はそれなりの厚さの果肉が種子の周りを覆っており,彼らがこれを利用するために手にすることでひょっとしたら散布を手伝っているかも知れません。あるいは,調べないと分かりませんが,こいつに寄生する昆虫などを利用するパターンなども考えられそうです。
「家栽の人」で知られる毛利 甚八・魚戸 おさむコンビの作品に「ケントの箱船」という作品があります(個人的には,魚戸 おさむ氏が東周斎 雅楽氏と組んで連載中の「イリヤッド」がお気に入りです)。ワシントン条約違反をやってゴリラを日本国内に連れ込んだ主人公を「おまえ,未だこんなことやっているのか」と諫める同期の霊長類学者が出てきますが,このモデル,ヤクシマザルの研究者として有名な方で,その原作家氏も取材に来られたそうです。というか,最初は流通系の話を考えられていたところがその方と話をして,お猿の話しになってで来たのが「ケントの箱船」ということのようです。
私が西も東も分からない生態学徒時代に,ドングリの寄生虫の補食率を調べていたのですが,こんな話を頂きました。
「実際,サルが大きな果実や実を囓っているときに,その内部に巣くう鱗翅目やゾウムシなどの幼虫を目当てに食べているのか,当の果実・種子を食べることが目的なのか,わからないことがある」と。従って,果実・種子がその動物にとってあんまり魅力的でない場合も,利用資源として無価値だと決めつけるのは,結構危険なのです。大賀多重ともかく,小型の齧歯類などでは,本体種子のデンプン質よりも,寄生している幼虫の方がよほど栄養,カロリーに富んでいる場合が少なくないのです。
話がいつものとおり,定まりませんが,てなわけで,このアブラギリの散布状況の実際については,親木がそばに見あたらない未生を目の前にすると結構いろいろなことを考えてしまいます。
いずれにしろ,データが全くありませんので,単純な観察からの連鎖推理の状況です。文献も含めてなにか,新しい知見があれば,アブラギリについては,また取り上げたいと思います。
ちなみにアブラギリの眷属は,「熱帯のガソリン」と云われたこともあったようですが,主役はパームヤシに移りつつあるようです。パームヤシについては,トヨタを初め多くの自動車産業が,エコ技術としてのガソリンの代替燃料として既にいろいろな動きがあるようです。あれだけ公害エンジンとして,日本では悪評であったディーゼルですが,EU圏では早くから環境エンジンの可能性を見いだしていて,コモンレールや触媒技術などが進化した今,これからディーゼルエンジンでも,メーカーのバトルが加熱してきそうです。このことと,代替燃料技術は無縁ではありません。高性能ガソリンエンジンと違ってディーゼルエンジンは,このような代替燃料を利用することが可能です。
しかしながら,プランテーションの内容が,バナナやコーヒーからこいつに移ると云うことで,林園を確保するための熱帯雨林の伐採など,実際は,現地の環境破壊がより加速するのではないかと予想しております。水素インフラへの以降の可能性は別にして,ガソリンによるエンジンを捨てることは,現在の文明から云えば簡単ではない問題です。
陸路を移動する乗り物はいろいろな手があるでしょうけれど,航空燃料は,爆発事故の多かったナチスドイツのメッサー・シュミット,亜音速ロケット機並みなんてことはないでしょうけれど,安全性の問題もあって水素燃料を利用した有人航空機は未だ実用化されていません(Me163"コメート"のデータを見ると,過酸化水素80%、オキシキノリン20%のT液とメタノール57%,水化ヒドラジン30%,水13%のC液の混合燃料のようです。こりゃ,危ないわ,やっぱり)。
素人考えですが,航空燃料の進化とそれに必要なコストを考えると航空インフラが無くなって良いなら別ですが,陸上交通の方で脱石油を急ぐ必要があるというように思えます。そして,それは,代替燃料では不味いのだと思うのですが,内燃機関を消し去る方向に走ると,アラブ諸国や石油メジャーが手を打ってくるでしょうし,悩ましいところです。
少なくともヤクシマザルは、ほとんどアブラギリの果実を食べません。あんなにたくさん林道にも林床にも落ちているのに。私が今まで観察してきた中で、数回食べるのを目撃しましたが。みんなが寄ってたかって食べるのは見たことがありません。
聞いた話では、アブラギリには有毒成分が含まれていて、これがサルの採食を阻害しているらしいです。エゴノキと同じような理由かと思われます。
親木が近くにないのに実生が見られる、これは大雨や台風で流されて・・・。という気がします。少なくとも地形が急峻な屋久島ではよくありそうですよね。
重力散布の延長で可能な分布かどうかという部分,問題の根幹に当たるところなので,私もかなり見ました。斜面の下なら分かるのですが,水などで流される状況でも無理で,マウンドの中途,そのマウンドの上には,どう探してもアブラギリがない場所で未生が結構見つかるのです。イチイガシ,アカガシ,アラカシ,シイsp.などのドングリでもこういう状況は結構あるのですが,あちらはカケスが1週間に2,000個以上貯食する能力があるなど,散布者には事欠きません。で,アブラギリを考えると,サルしかないのではと思ったりしたのです。あとは,登山客の悪戯ということになりますが,これはサルよりも確率的にはあり得ないような気がします(ただし,氷河期以降大型の種子散布の大がかりなものは殆ど人によるものだという説もあって,「木を植えた男」の話にあるように人間が種子散布に関与した場合,影響はべらぼうに大きいです)。
ニホンジカの影響(不嗜好性種)もあって、私の住む静岡県では、アブラギリとシナアブラギリが一斉に発生している、のり面やスギ人工林(間伐地)があります。
シカ高密度化でも実生から成林する(そして萌芽更新もする)早生樹という点で、今後、全国でさらに分布を拡大していくように思えます。
アブラギリの果実と種子は、有毒で、鳥獣の採食対象とはならず、基本重力散布だと思うのですが、それにしては広範囲に発生するのが不可解です。
貴重なお話ありがとうございます。
台風などではかなり広範囲に枝、葉ごと飛ばされることがあるのですが、ちょっとそれも都合が良すぎるかなと思います。動物利用が考えにくい上に、重力散布種子なのにアブラギリが広がっていくように見えているのが、私もとても不思議です。