命のポスト
2006年 12月 17日

自然科学や環境問題にコミットしていない社会問題については,きりがないので,このブログで取り上げるのは,ブログの主旨から外れるのですが。
志は分かるが,命名方法やシステムの広報活動に問題はないのでしょうか。
命を救うためなら,相談室というのも野を前面に押し出せばいいでしょう。そこに,秘匿されるように赤ちゃんを寝かすスペースがあると伝えれば済むこと。
なんで,「赤ちゃんポスト」などと命名をするのか,分かりません。
画像の方は,外来種規制法が出来て,ブラックバスなどについては,今まで,ゲームではなく,命をかけた自然とのふれあいとか,捕まえたら動物愛護の精神に則り丁寧にリリースしてとかいって,反対していたルアー・釣り分野の産業界も,手のひらを返したように全く余計なことを言わなくなりましたが,さもありなん。ちなみに,ちゃんと意地でも食材に使うとか,そういうことを子供に見せなくて良いわけがないです。はっきり言って外来種という生き物を生ゴミとして廃棄処分するポストです。
こういう矛盾を引き起こしてきたことへの反省はいったい誰がどこで総括できているのか。
考え過ぎかも知れませんが,マクロ生物系,生態系保護に関わっている人間は,矛盾に満ちたこちらポストを直ぐにイメージするのですよ。
同様に,「赤ちゃんポスト」なんぞと命名して,気楽に遺棄するような,そちらのイメージが走って良いのでしょうか。何度も言いますが,命を守るというシステムの志は評価したいし分かりますが,もう少し,考えて欲しい。本人が大きくなったときに,「お母さんが悩んで悩んで相談されに来てて預かったのだ」ともしもそうだとしても,本人に説明できない。実の親にポストに放り込まれたというイメージに,一生,苦しむかも知れない。例えばビニール袋に入れられて捨てるなどというような,それより酷い目に合うよりましなのでしょうか? 本当?
「一番の目的は赤ちゃんを預けてもらうことでなく、相談してもらうこと」というのなら,ポストがシステムのメインではないでしょう。最初に「赤ちゃんポスト」ありきではないのでしょう? それなら,この野蛮な名前だけでも変えて,システムの前面に出すのを止めませんか。命名のセンスは最悪。
批判するので,代案を出しますが,「赤ちゃんド日本ではよい言葉として機能しません。
気楽に子供を捨てるという行為を更に蔓延させる「記号」にならねば良いと思います。
ブラックバス・ブルーギルとか、もう釣ってもリリースしちゃいけないらしいですね。
といっても、みんなリリースしているでしょうけど・・・
ポストの前に隠しカメラを置いて、ポストに入れた親をおとり捜査的に逮捕するほうがまだしもマシですね。
「命は地球より重い」とか、さまざまな都合のいい美化を都合よく使ってきて、あげくのはてに後の世代に思考停止だけを残すなんて・・・最悪。
命の重さと同時に、自然や社会のシステムの中での一個の命の「軽さ」を
もっと見なければ。
でも,例えば,マザー・テレサは,このようなものは作らせないでしょう。そう思います。
子供を捨てる権利,子供から逃げる権利も平等化すると云うことなんでしょうか。簡単に描くと誤解を招く話になるので止めます。
