猫の値段と幸福度〜高額ハイブリッド・キャット アーシュラ(Ashera)

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ヒョウに似せたハイブリッド猫、米バイオ企業が$22,000で販売 (REUTER).

 人工授精による,品種改良の手業による。遺伝子操作と言えるレベルまでは行っていないようだが,いまどき単純な品種交配であっても,掛け合わせる種の特性上,in vitroでの作業は必須だろうから,最新の配偶子操作手法などノウハウは使っているだろう。
African Serval Cat Felis serval+Asian Leopard(こいつが分からない。アジアに分布している豹は雲豹と雪豹しかいないので,後者はその希少性からこういう扱いは無理。可能性としては台湾まで分布していて,幻のイリオモテオオヤマネコの可能性が指摘された前者Neofelis nebulosaの方だろう。でも雲豹の血が入っているならと思って全身画をみると尾率がちょっと気になる)+普通のニャンコ(イエネコ F. catus特定の品種であると思うが,これも不明ご指摘を頂いたのだが,どうやら,単純にベンガルヤマネコということのようだ)の掛け合わせ。レオポンのようにF1が生まれない一代雑種かどうかということもREUTERの記事程度では不明。
 豹の顔は,やや面長なので,チコの顔を使ってハイブリッド猫を更にキメラ化,阿修羅男爵じゃなかった(あれはジャイナンド・モルフィズム=雌雄モザイクか),キカイダーしてみると(古っ!),そのプロポーションの特性がよく分かる。虹彩の大きさが同じぐらいの画もあったはずだけれど,そこまで合わせるのは面倒だったので,ご容赦を。

 著作権的に問題のある画だが,各ディメンジョンの数値比較よりも,この方がよく分かるだろうと思う。耳介が豹そのもののように丸いし,顔のプロポーションは前後にも長い。四肢のアロメトリーも違っていて,恐らく,まだ幼獣だと思うのだが,ライオン,いや,豹の子供のような感じである。鼻鏡の雰囲気は,猫そのままという感じ。チコと同じピンク色(笑)。正面からの顔は,横からの顔よりも,それほど,イエネコと乖離しているようには見えない。撮影アングルの関係だと思う。横顔は,完全に豹顔である。想像いや妄想をたくましくして,私がもしも,この品種?を手元に置くことになれば,さしずめ,名前をAshera Le Guinとでも名付けるか。もちろん(Ursula Kroeber Le Guin)のもじりであるけど。

 チコとは,最初から折り合いが悪そうだ。



猫はその魅力自身から,様々な品種が作り出されてきた。ブリーダーの努力は大変なものがあったと思うが,拾い猫との生活史か知らない私には,ショップで購入という純血種の猫暮らしは未経験だ。
 野良猫という自由交配個体群が街に生息する状況は,猫への虐待や,捕獲されての膨大な量の野良猫の死と放置されての死,虐待死など,猫と猫嫌いの人を含んだ人との「共存」を考えるととても大きな問題を抱え込んでいるし,放置できない問題だけれど,このような形で猫と人とが関わり合う状況で,邪魔なモノとしか感じず少なくない人が不快感や苦痛を伴う一方で,これらの非人工管理個体群は,人生が変わるほどの猫と関わる契機を生み出してきたブリーディング・ソースであることは否定できない。
 「あの迷い込んだ一匹」を拾わなければ今の自分の猫生活はなかったろうという人は,少なくないと思う。私が猫と知り合ったのも,借間暮らしの大学生活中であったわけで,当時の私が,猫を飼ってみたいなぁとある日突然思いついたとしても,その足でペットショップに行って,ロシアンブルーやアビシニアンや,シャムネコを購入していた可能性を考えると,もしも,野良猫個体群が存在しなければ,一生,私にとって猫は未知の動物であったかもしれない。 
 人工的に管理された品種としての猫の世界は,私の知らないところにあるが,犬だったら純血種を家族で購入して関わったことがあるので,それをベースに類推するしかないのだが,品種として繁殖・管理されて,高額商品として流通して各家庭に「お輿入れ」する猫たちの世界といっても同じ猫に変わりがないと思っている。勿論,そんなに変わるはずもないと思うけど。
 
 野良猫という自由繁殖個体が存在する猫は,家畜獣としては特殊な存在だと思う。そう,馬で言えば,その辺りに野生馬がいて,皆,見よう見まねや本を読んだり,飼育経験のある人の話を聞いたり,中には指導を貰ったりして,その辺りや性で生まれた野生馬を捕獲したりして飼っている状況を想像してみれば,その特殊性が分かるだろう。でもって,その馬が住居周辺に出没して,畑のニンジンの芽などを食い荒らし,玄関先にでっかいウンコを垂れ落として,全くノラ馬なんかこの世からいなくなればいいと,馬嫌いの人が掃除をしながら悪態をついて,いや,ノラ馬と人間と共存を図って暮らしましょう,馬の存在は人間にとっては癒しです,と捕まえては避妊手術を施し,ノラ馬の里親を捜し回って活動する馬好きはとことん疲れ切っていて,それでも,こんなに魅力的な家族になれる生き物は,馬以外にはいないという話で頑張るわけである。まぁ,想像が飛んではいるが,西部開拓時代においては,野取りの馬というのもあったわけで,その辺りの経緯は,シートン動物記の「だく足の野生馬」に詳しい。ちなみに,だく足とは,右なら右側の前肢後肢が一緒に連動して動くラクダ型の走法。人間で云えばナンバ歩き。蒙古帝国以前は,馬はそうやって走っていたという説もあるが,この話は人間がハイハイをするとだく足にならないという事実と関わっていて,武術的なナンバ説問題に波及する内容を持っているので,別の機会に。
 たとえば,野生個体群で繁殖していた馬を飼い慣らしていた当時のネイティブ・アメリカンが,サラブレッドの素晴らしさや価値を知らないからといって,馬の価値も馬のことも分からない連中だと価値下げられるかということを考えれば,そんなことはないだろうけど。
少年少女シートン動物記 (1)
シートン / / 偕成社
ISBN : 4036020102

 ただ,240万円で購入しようが,0円で拾おうが(というか救い上げるための投資量を考えればマイナス,しかも結構な出費だったりする),代替的できない価値を持つ家族となることが,猫の魅力だと思う。今の猫が持たない特性,例えば,こういう豹の特性を持った猫が欲しいという欲望は,実際,私のような人間には分かるようで分からんところがある。猫がペット産業を支える商品である限り,ニーズに応えることは全て「善」である。その延長線上の遺伝子操作により「消費者の望む猫」を生産するという方向性を否定するのは,動物のクローンが次々と作られている状況では,難しかろう。
 遺伝子操作技術の進化は,そのまま,遺伝子プールが持っていた希有な形質の固定などというレベルでない,とんでもない「猫」を生産する状況に至るかもしれない。これは,商品として流通する可能性のある全ての生物資源に云えると思う。そして,そういう世界に進む扉は,既に目の前で開かれようとしている。まぁまぁ許せるという世界と,ちょっと待てお前ら,というレベルと線引きが難しいので困るのであるが,全否定も,全肯定も私には出来そうもない。

 私はどちらかといえば物欲キングだし,どこかの防衛庁の役人やその奥方ほどではないが,霞食って生きているような雰囲気とは縁遠い,十分俗っぽい人間である。今日も,5D, 40D, α700,K10Dとファインダーを覗きまくってため息をついていた。でも,うちの耳の尖った子供たちは,同じ重さの黄金の値段よりも価値があると見得を切ることぐらいは出来るだけあって,全く羨ましいとか思わないのは,なんと幸せなことだろうか。
 その金額に価値を見いだしている人間ならば,チコとAsheraでは,勝負にならないが,この品種の猫10匹と交換してくれと言われても,チコと草原に寝転がっている幸せを選ぶ。勿論チコの遊び相手になれば,新しい家族になる可能性を否定しているわけではないけど,まぁ,奇特にもこの子を預かってくださいと家にAsheraが転がり込むなんてことはないと思うが,生み出された猫自身には,罪も善悪もない。
 幼い日々,私は犬が欲しいと言いだした。最初はダメと言われて,その後,毎日とはいわないが,泣きべそになりながらなんどもその話を持ち出す私に負けて,とうとう父はコリー犬を購入した。あの当時,犬を拾っていたら,コリー犬でなくても,駄犬と呼ばれる犬であろうが何だろうが構わなかったのだろうと想像できるのだが,子供の拘りとはそういうレベルのものだったし,父親なりの考えもあったのだろう。
 ちなみに,段ボールから飛び出して私を見つめたコリー犬を,私はビルと名付けたが,不思議なことにチコを見たときに同じ眼差しを感じた。勿論生まれ変わりとか言いたいわけではなく,敵意や警戒心からではなく,自分の目の前の私をチェックしようと向ける眼差しには,どちらも親和的な思いが含まれていたからだと思う。本当にチコを見て,私を見てニコニコ笑っている子だと思ったのだ。
 当時はシェルティも見たことがなかった。男は黙って,巨体のまま派手な飛びつき癖のコリー犬だったのだ。体力の貧しい小さな私には扱いきれないであろうことが,父親には十分に予測できたこともあって,犬の世話(といっても毎日の散歩ぐらいだが)を見るという私の覚悟をそれなりに試したのだが,果たして結果は父親の予想どおりになった。当時の私は小学校低学年,体も小さく体力無し,その中型犬レベルのコリー犬がダッシュすれば簡単に引きずられ,毎日,全身に擦り傷が出来た。また,今のようにあらかじめ訓練士に預けるなんて手順は犬を飼うという行為において庶民には一般化していなかった。躾は飼い主が,頑張るだけであった。お調子者で,特に遊びたい相手となる犬と見れば制御不能になるコリーは,小さな私には手強い相手であったわけで,傷は増えていった。まぁ,大らかな時代であった。
 さて,晴れて愛犬を手にしたとき,偶然そのコリー犬の値段を知ることになった私だったが,誰に対しても購入値段について話すことを父は私に禁じた。その意味が今は分かる。父親は,その当時にあっては安くない値段をもって,私が,その犬の価値を喧伝したり,その値段自身がその犬の価値であるという勘違いをすることを回避しようとしたのだ。命であっても流通商品である限り,タグに金額が着くのもやむを得ないのであるが,その商品価値=その犬の価値として理解することは父親の最も嫌いな行為の一つであったわけだ。結果として,私も同様な価値観を持つに至るようになった。まぁ,別に高額な猫が居たとしても何ら問題ない。こういう「商品」開発は,今後加速する可能性があることは否定できないわけだが,そこで重要なことは,その猫が高額であるということとは無関係に,彼らが,飼い主と幸せな関係の下に暮らせるかどうかと云うことだけだと思う。まぁ,売る方は,馬同様,好きか嫌いかなどとレベルの話ではなく,ステータスシンボルになり得る存在としての高額商品としてしか考えていないようで,バイオビジネス関係者によくある「商人としての哲学」=言い訳みたいな屁理屈を述べている。勿論こういう猫に手を出す飼い主が,動物音痴,猫音痴,生き物嫌いでも,腰元じゃなかった専属飼育係をサポートに雇える可能性を考えると,貧乏人がとやかく心配することでも無さそうだが。
 この企業,ベンガルヤマネコとイエネコの戻し交配にトラの血を混ぜた「猫」とか,サーバルキャットとイエネコの掛け合わせとか,‘Designer cats’作りはイケイケどんどんみたいだけど(REUTERの原文も,流石に学名で書いてないので,完全に種を特定しにくい),こういう企業体はこれからいろいろな分野で沢山出てくるかもしれない。まぁ,勝手にやってくれ。猫が農作物と同じ工業「商品」扱いである限り,ニーズがあるからとあらゆることをやっても,それを問題視する人は少ないだろうから。
 そのうち,芸無し芸能人が出る動物番組でご開帳になるだろう。

 高い値段で売られていったからと言って,彼らの幸せが保証されるわけではない。まぁ,大切にされる可能性は高いが,世の中,動物音痴はたくさん居る。猫の幸せ,出自や血統,タグに付けられる商品価値としての金額,0〜2400,000円に関わりなく,飼い主が全て。ロシアや中国のニューリッチを中心とした人たちが主な顧客だと勝手に想像しているが,Asheraのお輿入れ先が,「高いネコを飼っている」と思う人ばかりでないことを願うばかりである。売る方は,まさにそこんところを狙っているんだというのが,REUTERの記事からも分かるのだけどね。

 私はネコを飼っていない。猫と暮らしてもいない。公陳丸とチコと,ナッチとユッチと一緒に暮らしているということである。私のフィールドの師匠の娘さんも,同じ価値感を共有していた。「『イヌ,ネコを飼っているの』って聞かれると違和感があるのよね。でも,説明しても分からない人には無理なので,黙っている」と英国で3年以上暮らして,トルコまで日食を見に行って脳のしわが増えたはずの彼女は(日食を見るとそうなると言われていると彼女が教えてくれた),そう言った後,普段は愛嬌が無くてもこの子は,本当は優しいとか(勿論,猫の話)いろいろ話をしてくれて,大いに盛り上がったことがある。分かるよ,それ。いい年したおっさんである私の方が,彼女の感覚に近いものを持てたことが,実はちょっと誇らしいのであるが,これも我が家の猫たちの御陰だと思う。赤の他人には猫馬鹿といわせておいて構わないが,「ネコと暮らすのではなく,種が違う存在と一緒に家族同様に暮らす」,この感覚が分からない人とは,猫について,永遠に話す気にはならない。

 例えば,結婚において,恋愛の末,無一文で駆け落ちしても,豪勢にセッティングされたお見合いを経て,これまた豪勢な結婚式をとり行って一緒になろうとも,両人が幸せな家庭を築いて幸せにならば,それはどちらだって結構なことである。世の中,ステータスのために旦那や奥さんと暮らしすという選択肢もあるのだから,あんまりこういう話をしても意味はないのだけれど。

 それでも,生み出されたAsheraたちが,お輿入れ先で,どうか幸せに暮らせることを祈っている。


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[ニューヨーク 29日 ロイター] 米カリフォルニア州のバイオテクノロジー企業ライフスタイル・ペッツは、ヒョウに似せた交配種の猫を作り出し、2万2000ドル(約240万円)で売り出している。一風変わったタイプに興味を持ち、経済的にも余裕のある猫愛好家がターゲットだという。

 「アシェラ」と名付けられたこの交配種は、アフリカン・サーバルとアジアン・レパード、飼い猫を交配して作り出された。ネコアレルギーの原因を抑制したタイプもあり、値段は2万8000ドルから。

 同社の創業者サイモン・ブローディー氏は、インタビューで「一風変わっているが中身は家猫で、世話は非常に簡単、極めて人懐こい」と説明。「誰もが一度は、ヒョウやトラを家で飼えたら素晴らしいと考えたことがあるはず。それは無理だが、この猫はそれに一番近づけたもの」と語った。

 同社は今年、100匹のアシェラを販売したが、顧客の大半はロシア人と中国人だったという。
ー以上excite news原文ー

"It's exotic, but under the skin it's a domestic house cat, very easy to take care of and extremely friendly," said Simon Brodie, the founder of Lifestyle Pets that developed the breed.

"Everybody has thought at one time, wouldn't it be great to have a leopard at home, or a tiger. Obviously you can't and this is about the nearest thing to it," he added in an interview

The Ashera is not as aloof as some cats, is very vocal and can open doors and walk on a leash, according to the company.

"They're more dog-like than anything," Brodie said.

Many customers are first-time cat owners or dog lovers who are attracted to the canine-qualities and the relatively self-sufficient nature of cats. Most of the 100 Ashera cats sold this year by the company have been to customers in Russia and China.

The Ashera is just one of a growing breed of designer cats. Other hybrid varieties include the Toyger, which is a cross of a Bengal and a domestic cat, the Chausie, a mix of jungle and domestic cats, and the Savannah, which resulted from breeding an African Serval and a house cat.

Brodie admitted there were similarities between the Savannah and Ashera but said consistency in size and temperament were key differentiating factors.

"Anybody can throw the ingredients in, but unless you know what ingredients are the best ingredients in the best percentages, you're not going to produce the same final product," he explained.

The Savannah is classified as an African Serval bred with any domestic cat, according to the International Cat Association. The Ashera's domestic cat component is a specific one that Brodie said won't be revealed.

"Is it a status symbol? I guess to an extent it is. But so are million dollar racehorses," said Brodie.

ー以上REUTER原文ー
Commented by kyoko_fiddler at 2007-12-02 22:06
正直、これのどこが豹猫なんだろ、240万円なんだろ? と思いました。
まぁ可愛いですけどね。
でも、「猫」じゃーん? って。
Commented by complex_cat at 2007-12-02 22:16
kyoko_fiddlerさん,褒めたものじゃないですけど,ウンピョウやサーバルキャットをそのまま慣らした方が,良いような気がします。混ぜて付加価値を上げたんでしょうけど。
 ただ,体のバランスはそうかもしれません。オーストラリアでの取りして,13kgのFelis catusを固定,ペット化した方が良いような気がします。気が付かないのかな。CSIRO, Australia(豪州連邦科学産業研究機構) に問い合わせれば,「捕まえて持って行って良いよ」と云われると思うけど。実は,欲しいのですけど。これこそ,放し飼いにしたら,飼い主が警察に捕まりそうですけど。
Commented by kyoko_fiddler at 2007-12-04 11:29
「エサあげた?」とか、「エサなにやってるの?」とか訊かれるとすごく違和感ありますね。
飼ってるといわれるのも、かーを「猫」と呼称されるのも。

写真を眺めているうちに彼らがかわいそうになってきてしまいました。
アレルゲンなしタイプだとちょっとお値段上乗せねって、クルマみたいに。(マニュアルかオートマか)

いわゆる猫バカを対象にしているなら、こんな猫は造らないなと思いました。
「顧客」は ハイブリッドであることに240万円を払うんでしょうね。
でも、そうい人たちは、普段は科学の粋を集めて造った人造宝石よりも、天然の宝石によりお金を払うんですよね、多分。

へんなの。

オーストラリアの野猫、もってっていいんですか?
おー…

あ、 かーがこっち睨んでる。
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by complex_cat | 2007-12-02 09:04 | Miracle of Felidae | Trackback | Comments(3)

Necology(=猫+Ecology) and Nature Photo Essay, Camera classic, Martial arts & etc. 本サイトはhttp://complexcat.exblog.jp/です。画像はクリックすると大きくなります


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