人気ブログランキング | 話題のタグを見る

仔の性比〜シカの産み分け戦略から

仔の性比〜シカの産み分け戦略から_b0060239_21191293.jpg
シカを眺めていると,Clutton-Blockの既に古典になりつつある仕事を想起します。アカシカの母親が,子供の性をコントロールする戦略の話です。当時,脈翅目の昆虫などで,産する仔の性比を変えると云う戦略が知れ渡ったところで,哺乳類にもそれに比する話が出たと,高い評価のもと拍手を持って迎え入れられました。以下にその根拠となったグラフをアップしておきます。こうやって教科書にも載る話になっているわけですが,私には未だに多くの疑問があります。
 たとえば,この母親は,人工給餌により順位などに関係なく,栄養条件では恵まれているとして,その理屈なら,この場合,雄を産む傾向が出るのか?とか思います。

仔の性比〜シカの産み分け戦略から_b0060239_2017527.jpg
教科書にも載っている,雌の社会的地位と仔の性比についてのCLUTTON-BROCKの有名な仕事です。原著論文タイトルと,Abstractは以下のとおり。

CLUTTON-BROCK, T. H., ALBON, S. D. and GUINNESS, F. E. (1986) GREAT EXPECTATIONS DOMINANCE BREEDING SUCCESS AND OFFSPRING SEX RATIOS IN RED DEER CERVUS-ELAPHUS. Animal Behaviour, 34(2): 460-471.

Abstract: Differences in dominance rank among red deer (Cervus elaphus) females (hinds) on Rhum were related to their breeding success as well as to the comparative success of male and female offspring. Males (stags) born to mothers above median rank were more successful than hinds, while hinds born to subordinate mothers were more successful than stags. The ratio of male to female calves produced by dominant mothers was significantly higher than that produced by subordinates. Since dominance rank among hinds is related to their body weight as adults and to their birth weight, these results suggest that the birth sex ratio may be affected by environmental factors operating during a female's early development.



最近は,哺乳類などの雄はなぜ,雌よりも早死にかなんて論文を書いてます。
仔の性比〜シカの産み分け戦略から_b0060239_212052100.jpg
Clutton-Brock and Isvaran detailed their findings online Oct. 17 in the journal Proceedings of the Royal Society B.

 相関係数は確か0.4のオーダーだったと思いますが,こうやって実際にプロットすると,分野外の人なら,本当にそうなのと疑問を持ってもおかしくありません。 勿論,線型モデルで説明できるかどうかという問題が先ずあります。体重ではなく,順位の高さをパラメータ化したものを用いているので,そもそも直線回帰で意味があるモデルを作ることが出来るのか,少し疑問です。だって,相関係数出ているしという話に帰結するのは良くありません。ブログ見回しても,相関係数の値の意味を勘違いしている記述がやたら目に付くのです。相関係数が有意となれば,まるで鬼の首を取ったように全部それで説明できるようなトーンになっているドキュメント,水戸黄門の印籠だと思っているような記述が目立ちます。サンプルサイズが多ければ,かなり低い値でも相関係数は意味を持つことになりますが,例えばマクロ生物系の自称ではかなり高いと思われるような値,r=0.7としても,寄与率はr^2=0.49つまり目的変数に対してこの説明変数は50%未満しか説明していないと云うことなのですが,そこんところが理解されているとはあまり思えないのです。帰無仮説が棄却されても,この線型モデルが相関性を持つということがテストされただけです。この次の段階としては,寄与率の高低を吟味しなければなりません。このグラフの相関係数は確か0.4程度だったと思うのですが,うがった見方をすれば,仔の性比に対して1.0ー0.4^2=八十数パーセントは別の要因により決定していると考える必要もあると云うことです。勿論16%以上も寄与しているファクターが他になさそうなら,それはそれで重要視されねばなりません。検量線じゃないのですから,自然現象でその程度の値をとる相関関係において,見いだせたこと自体が確かに相当なお話です。
 さて,問題は,雌の社会的順位が上がれば,雄を産む傾向があるというこの有名な論文では,その生理的なメカニズム(後述)には十分に言及していないため(著者の守備範囲じゃないということもありますが),この仕事を,例えば繁殖生理学などの分野の研究者に示せば,あんまり評判は宜しくなかったり,さらなる物議をもたらすということです。
 私の先輩がとあるゼミで,当時この論文を,哺乳類の精子に関してはかなりの権威の老教授に紹介したら,「馬鹿モン,そんな馬鹿な話があるものか,哺乳類の受精における性比の確率はほぼ1/2で決まっとるんじゃ!」と取り合ってもくれず,ディスカッションの試験台にも上げて貰えなかったたというのは今でも語りぐさになっています。天下のClutton-Block論文でも,その当たりの至近要因についての論議が出来ないので,その分野に詳しい教授からの何らかのサジェスチョンを貰って論議を多面的に深めようとした先輩の目論見は,あっさり転けたわけです。いえね,勿論,哺乳類の仔にバイアスが掛かるような生理的なメカニズムが明確になっていて,そういう傍証でもデータがあれば,論議になったんですが,Clutton-Block的には,それはは繁殖生理学分野で詰めるべき仕事で彼の仕事ではないということなんでしょう。
 この産み分けに関連するのは,当然哺乳類ですから,人間まで話が拡大できそうですが,そのあたりで,ちょっとばかり殿方のデリケートな部分に引っかかる話をしようと思ったわけです。



 哺乳類で産み分けの戦略がどうたらこうたらと云う話をすれば,直ぐにぴんと来る方もおいででしょう。いわゆる,ヒト精子の形態学的生理学的な二型に眼を着けて,男女産み分けが可能という「あの」お話です。ただ,X型Y型精子の生理的な違いをもとにどのような仕掛けで受精精子のフィルターリング機構が機能しているかについては,どうも曖昧です。強弁しているサイトもはっきり理解しているとは思えないのですが,類推するに,二型精子のどちらかが有利になるように女性側の膣内のpHなどの特性を変化させればよいという考え方がその前提にあるように見受けられます。多くの主張の元を見ていくと,膣内の粘性が高まると運動能力の高いY精子しかたどり着けなくなると云うことのようです。この話を取り上げている方のニュアンスとしては,「Y精子しかたどり着けない」,「Y精子しかたどり着けない場合が多い」,「Y精子しかたどり着けなかったらいいな(?)」と,いろいろありそうですが,トンデモ系理論としては,膣内の粘性が高まると「Y精子しかたどり着けない」と信じて疑っていないようです。この理屈を述べている人は,確率論でなくてデジタルに産み分けが可能というニュアンスで話す場合が多いのですが,一定の傾向があるかどうかというレベルも含めて検証しようと思うと,更に論議が面倒になります。傾向があるのか,全面否定かで,また話が違ってくるからです。
 ただ,二型の精子の生理的特性が受精確率を変えるほどの違いがあるのかどうかは,実際の所,余り科学的に決着が付いているようには思えません。粘性やpHを調整して,X・ブイキューとドロドロYクーペの間で,チキチキマシーン猛レースをやったという話も探せませんでした。異なる生理的な環境の違いにおける精子競争が,想定しているようなバイアスが掛かる余地があるのかとりあえずは疑問です。ここでは,デジタルに産み分けスイッチングが効くような脈翅目的なレベルではなく,受精すれば仔は雄性となるY精子と雌性となるX精子の生理的な特性の違いのどちらかが有利になるような母親の膣内の生理的な変化にコミットしているメカニズムが存在するか否かというレベルで,一定の傾向があると云う前提で話を進めます。

 さて,食生活など体内pHに影響を与える因子の全てを総動員して産み分けにトライするようなお話であったにもかかわらず,オーガズムのみが取り上げられて,おれんちは全部男の子だからカミさんは満足しているとか,いや,俺はセックス1番でカミさんも毎回オーガズムが得られているはずだが,生まれた子供は女の子だからこの説はそもそも変だ,信用できないなどという主張が一方で見受けられます。トンデモ系理論における典型的な捻れ現象が一丁上がりです。

夫妻:「どうしても男の子が欲しいんです。」

医者:「男の子が欲しいなら,たった一つだけ方法があります。奥さんがオーガズムに達するまで旦那さんには我慢するようお願いしてください」

妻:「むりじゃん!」

夫:「え?!!」

気分は形而上 【コミックセット】
須賀原 洋行 / / 講談社

 こんな内容の会話だったと思いますが,須賀原洋行氏の哲学ギャグマンガ「気分は形而上(うああ)」にもあったギャグです。なるほど,産み分けにおけるオーガズム原理主義の話,かなり一般化しているのだなぁと思いました。しかし,ムツゴロウさんが,娘さんを授かろうと調べ上げた昭和30年代には,恐らく今とそれほど変わらない,食生活から性生活までのありとあらゆる局面で,生まれる子供の性にバイアスをかける操作に関しては既にお婆ちゃんの知恵レベルではないノウハウの披瀝があったことをエッセイに書いておられました。古くからある「男女産み分け法」の1要素で,内実は余り変わっていないように見えますが少なくとも総合力で産み分けの成功確率をあげるという話であったのが,半世紀過ぎれば一番パラメータ化が困難なファクターだけが絶対視されている状況はとても興味深いです。
畑正憲作品集〈2〉ムツゴロウの博物志・続ムツゴロウの博物志 (1977年)
畑 正憲 / / 文芸春秋
ISBN : B000J8U6IY



 トンデモ系理論生成には,過剰一般化,強調,前提条件遺棄など様々なざまな加工のプロセスがつきものですが,これもその典型のようです。それと,否定されて廃れても,次の世代は知らずに乗っかって再生産されるので,ネッシーやUFO,東北のヘブライ村(仕掛け人の村長さんは既に故人)のように息が長いのです。

 医療現場では,どのくらいまともに産み分けの手法として扱われているかというと,ワイフがそっちの専門なのですが,そんな不確かで怪しげな指導など危なかしくて出来なかったというので,少しホッとしています。ただ,ニーズに応えるというところで産科医の中には,結構,この理屈を有効な産み分けの方法としてクライアントに指導される方がおいでになるようです。まぁ,お医者さんの中には,トンデモ系が結構多いというのは,事実ですので驚くには値しません。イグ・ノーベル賞をとった,全ての生物の発祥の地は東北であった〜ヒトはサルからしたものではなく,ずっと昔ミニ人類というのが居て,それが今の生物の祖先である」というトンデモ理論を唱えた,岡村長之助先生も愛知県の精神科医でしたね。ちなみに,私は,友人と共にご本人に別刷り請求しまして,自費出版でかなり金がかかったであろうと思われる分厚い論文と新書版まで持っておりましたのでミニ人類についてはちょっと詳しいです。十二支の中で龍だけが実在しないのはおかしい,ちゃんとミニ人類化石の中に龍も出てくる。なんて下りとその顕微鏡写真には,かなり別の意味で感動しました。トンデモ理論のエネルギーとは,もの凄いものがありますので,単純に否定するだけでは,勝ち目はありません。

 話が脱線しましたが,体外受精マニュピレーションなどの技術の進化もあって,一部の信奉者的お医者さんや助産婦さん以外には,あまり流行らなくなくなっているのかも知れませんね。一方では,畑さんの時代に,それなりの臨床実験が海外で行われていたような気がしましたが,こういうのが,案外Webでは拾えません。本当にレフェリードペーパーか?と思うような雑誌なら,今でもありそうですけど。見つけたら追記します。

 グラフに立ち戻りますと,ヒトとアカシカが一緒とは申しませんし,産み分けの前提条件と意味が異なりますが,社会的地位により出産をコントロールしているということを主張しているデータのプロットでも,この程度であることを理解いただけますでしょうか。哺乳類はデジタルな産み分けなど,元々出来る体制にはありません。
 ちなみに,ムツさんは,古来からの言い伝えを駆使して見事に娘さんを手に入れます。亭主関白の家庭には娘が生まれるというやつです。今で云えばネタに近いものがありますが,排便排尿以外は,着替えから歯磨きすらも,奥さんに全てやって貰うという徹底した実験?を行った結果です。私は,そういう話の方が好きです。

 Y精子はX精子と比べて、粘液の中をより速く泳げる,オーガズムで女性の膣内のpHや粘性がY精子に有利に変じるというこの手の話は,世の特定の殿方に対してはプライドを傷つけるのでしょうか。たとえ,オーガズムレベルと生まれる子供の性比に相関係数が成立したとしても,1.0なんてことはあり得ませんけどね。ともあれ,ヒトの仔の性に影響するであろうとされている因子の回帰グラフにおいてClutton-Block以上のプロッティング・データが取れれば,凄いことだとずっと思っていました。ところが,後述いたしますが,これがあったのでございます。実験なんて出来ませんから,コホートをアレンジして追跡調査しなければならないので,例数を集めるのは,結構大変なことなんですが。
 
 Clutton-Blockのグラフは,別の突っ込みどころがありまして,説明要因がデジタルに性比に影響している場合なども考えて,本来は,線型モデルで表すべきものじゃなくて,非線形,複層式(赤池AICを用いたjointing pointが2つ以上の3フェイズの回帰プログラムをQuick-Basicで作ったことがあります。),或いは判別式によるモデルの方が理に適っているという突っ込みはここでは置いておきます。
この部分は,お父さん側のメンタルな部分を傷つけるのか,必死の,反論も繰り広げられている方もおいでのようですが,デジタルに産み分けが可能という話ではない場合,なかなか反論は面倒です。でもね,本当はお母さんの意見を聞いてみてから慎重に意見を述べた方がよいです。

 追記ですが,「単に上手に騙されてるんじゃないの?と言われて「いや!ちがうよ!ほんとにいかせたよ!」と言い切る自信はないなあ。数なら結構こなしてるんだが。」と同じ方が述べているので,お父さん側が主張する限り,余り客観性はないと本人も認めているということかも知れません。

 このアカシカのデータが示すものが著者らの思惑通り正しいものだったとして,アカシカの産仔性比の適応的操作はこのグラフのレベルであるのに対して,これ以上の話が,人間の産み分けで可能なら,いやはや,実は大変なことです。産み分け戦略を行っているとされるアカシカを超えるスイッチングメカを内在しているわけで,その適応的意味など大いに論議されなければなりません。もちろん,生態屋の論客からバッシングを受けて,あまりでたらめなレトリックを使えなくなって,それを知らない分野外のファンからは,事実に即した話しか書かなくなってつまらなくなったと云われる竹内久美子風に語れば,不細工な男が相手だった場合,女の幸せ顔半分で,男に産んだ方が次世代の繁殖成功度は高くなる〜なんて言う,これまた捩れた話をし始める輩も出るかもしれませんな。いや,今時だと,男の幸せも顔半分か。それとよく知られるところでは,父;アンギラスから全てのパーツを流用しながら,娘;白雪姫が生まれることもあるので,まぁ,そういう設定条件では選択圧は掛からないという回答も私的にはありだと思いますが。

 ちなみに,かつてマクロビオティックや有機食材を販売しているとあるお店のご主人が,我が家が男3人だというのを見て,勝ち誇ったように「俺のように正しい食生活をしていると,子供の性比はちゃんと1:1になるのだぁ!(彼のお子さんは男:女=2:2)」と力説したことがあって,目が点になりました。あたかも完全有機無農薬食材メニューと比べると私の食べているものに問題があって,私には男しか作れないような障害があるようなものの言い様でしたし,この人一応,化学畑を出ていると云うこともあって,真剣に川にぶち込んでやろうかと思いました。こういうデリケートな部分,無知なトンデモ理論でズカズカ踏み込むような輩は有害だという気持ちはとても理解できます。人の生理的な状況を勝手に説明して悦に入っている野郎など,食の安全など曰う資格などないと私は思っていたら,程なく,良いか悪いかは別にして,そのお店は潰れました。ワイフに云わせると,そこから購入した有機無農薬米は,管理が悪くて,コクゾウムシだらけで,20分ほど選別しないと炊けなかったそうです。自然食関係者の中には,悪気があってというわけではありませんが,人の不安感を煽ったり,弱点を責めた利子て商売をしてしまう方々が時々おいでで,これは,同じく本人は善意からであっても迷惑な新興宗教と構造的に似たところがあると思っています。
 件のアカシカの仔の性比が上位の雌ほど雄に傾くことについての究極要因は「順位の高い母親は,栄養状態が良かったり、餌資源が豊富なテリトリーを確保できるため,体の大きい雄の子供を産み育てられる。アカシカの場合,雄の繁殖成功は,体が小さいとほぼゴミのように小さくなるので,子を産むときの栄養状態確保に難のある劣位の雌は体が小さくても確実に子供を残せる確率の高い娘を産むように,産み分けを行っている。」というものです。
 私は,蜂の研究者が師の一人だったこともあって,師が「うーん,半数体・倍数体で性が決まるならあらかじめ受け取っておいた精子を転がしてやるとかやらないとかで仔の性を操作できるけど,そもそも哺乳類なんかで産み分けなんてできるメカニズムが可能なの?」という疑問に対して,今も当時も,きっちり答えられる話は無いように感じます。
 メカニズムにコミットする研究が余り進展していないなと思ったのには,もう一つ理由があります。いつも取り扱われる多様な分野への知見に溢れているお医者さん(しかも実は猫好き)のブログに紹介されていましたが,子作りをしようと始めてから実際に受胎するまでの期間が遅延するほど(≒なかなか受精しずらいほど),男の子が生まれやすくなると云うバイアスがどうやら確かに存在しているとのことです。


仔の性比〜シカの産み分け戦略から_b0060239_14303944.jpg
(Luc J M Smits, Rob A de Bie, Gerard G Essed, Piet A van den Brandt Time to pregnancy and sex of offspring: cohort study)

 この(原著へのリンク)グラフを見る限り,子作りを初めて,半年以上受胎できないカップルの間には,既に55%以上は男の子が生まれる雄バイアスが生じることになります。さて,この結果に至った作用機作ですが,ホルモンや遅滞した場合の夫婦の性行動の変化の可能性などに言及しながらも,‘Y bearing sperm may be able to swim faster than X bearing sperm through relatively viscous cervical mucus.’「Y型精子は、より粘性の高い頸管粘液内をX型より速く泳ぐことができるかもしれない。」と,同様の膣内粘液ふるい(分子ふるいとかの篩ね)説に乗っかった説明がなされています。ともあれClutton-Block先生も真っ青の凄い相関係数の高さです。
 きちんと書いておくと、この相関関係は、決して産み分けに利用できるような話として出されているわけではありません。子の受精時の男女決定に関して、何らかの影響がある因子としてなのですが、原因か結果かと問われれば、このグラフ自体は、基本結果なのだろうと思います。

 受胎のタイミングの遅延が起きていると云うことは,女性体内の神秘の宇宙空間にある特定宙域に「磁気嵐」が吹いていて,そこを突破するにはY型宇宙船が有利だったという考え方のようです。このようなデータが未だに出てくるというのは,実際にヒトの場合,子の性比に見事に効いているような至近要因が見つかっていないことの表れです。本来,女性側のオーガズム・レベルなど,産み分けに寄与するファクターとしてまともに評価されていれば,このプロットにおける全て標準化されてないといけないはずですが,勿論,テストにおいてそんなことは無理でしょうし,言及はしているものの,そっちのパラメータを同時にとってで標準化しなくても見事な線型回帰が成り立っております。同じ膣内粘液ふるいを想定しているにもかかわらず,食生活や性生活などは,生まれ出る子の性決定に寄与しているのかどうか,明らかに怪しいなと思えるほどのデータです。
 受胎遅延傾向が,授かる子供の性を雄性に傾けることは,究極要因的には何を意味するのか,いろいろ興味深いのですが,一つには,人間の実質産子性比が雄に偏っていることと関係しているのではないかと思うのです。究極要因としては,一つは,生物としてのホモサピエンスにおける男性嬰児の死亡率の高さに寄るものかもしれません。進化的なタームで考えれば,極端に男の子が少ないような時期もあったかも知れませんので,それを補完するメカニズムがヒトには内在していると云うことかなと思います。
 また,哺乳類全般として先のClutton-Brockの別の論文通り,雄が早死にする傾向がありますので,monogamy(一夫一妻型の婚姻システム)傾向の強いヒトなどでは,男の子を産む方がOSR (operational sex ratio=繁殖可能個体群性比)からみても,♂バイアス傾向の方が適応的です。勿論,現代社会を前提にするのではなく,なるべく原初的なヒトの社会環境を前提した場合ですが。
 宇宙船精子号において,磁気嵐が酷い宙域ほどYタイプが有利になると云う古来からの作用機作で説明を付けて良いのかどうか,ちょっと判断しかねるというのが,私の素直な感想ですけどね。
 だから,女の子が次々と生まれたことに対して,無礼にもオーガズム=膣内粘液ふるい(分子ふるいとかの「篩」ね)説をつきつけられて気分を害されたお父さんは,この二つのグラフを見せて反論すべきです。

 曰く,社会的順位により産仔性比をコントロールしているとされているアカシカでもこの程度の確率的な産み分けレベル。哺乳類の性決定機構では,この辺りが限界。

 曰く,本来,ヒトは,子作りを始めてから妊娠までに半年以上遅延傾向のある夫婦の場合,男が多く生まれる生物である。更に遅延すると,男が生まれる確率は圧倒的である。受胎遅延は,夫婦の性行為に変化をもたらしてオーガズムや性交頻度とは必ずしもニュートラルではないかもしれないけど,必ずしも直線回帰的な関係ではないだろうから,それらでわざわざ説明する必要はほとんどない。

 曰く,二型精子を分離して体外受精しない限り,ヒトの場合,子の性は神さまがサイコロで(多少偏りのあるサイコロ使ってますが)決めるものと考えても間違いではない。

てなところでしょうか。

 私がこのエントリーを書きたかったのは,そもそも受精タイミングでこのような明確な傾向がヒトであるならば,Clotton-Blockのグラフに影響するファクターとしても考えてみた方が良いのではと思ったのです。勿論,ヒトとアカシカは違いますし,二型精子の属性の違いも同じかどうかは分かりませんが,同じ哺乳類,性の決定機構は同じで,逆に,そのあたり,Clotton-Block論文では言及できなかったメカニズムに言及できる可能性もあるのかと漫然と思いました。そして,哺乳類の産み分けについて厳密に検証するなら受精時の諸条件まで明確にしないと拙いのではと思ったりするわけです。勿論そんなデータは,野外観察では簡単に取れるはずもありませんが。
 ちなみに,雌側が産み分けをしている作用機作を明確に出来ていない以上,このプロット,もしも,私自身がとったデータだったら,アクセプトさせるような自信はないな〜。きっと叩かれそうだ。具体的性決定機構を示唆する生理的なデータはあるのかとなって,で,「無い」となれば,アクセプトされるか五分五分の気がします。私もレフェリー受けていたらそれを要求するだろう。
 このClutton-Blockのデータの凄いところは,順位が変動すると,ちゃんと出産時性比も変動すると云うことで,その当たりのフレキシビリティ自身にリアリティがあるという見解があります。私は,天の邪鬼で凡人なので,このプロットを教科書などで見せられる度に,そうは思えないのです。とある野生生物の利用環境におけるパラメータで0.4程度の相関は出すことなどありますが,それらのプロットの方が,遙に相関グラフ「らしい」と実は密かに感じてしまいます。
 あと,体重や齢等の生データが見られないので,なんともいえませんが,Clutton-Blockのデータでは,重回帰をかけて偏相関係数の値を見れば,彼によって相関関係が棄却された各説明変数の印象はかなり異なったものとなったのではと思っています。でも,悔しかったら,自分でデータを取るしかないのがこの世界です。

 息子たちを産院で我が手に抱いたとき(というか正直言えば,実際,少しタイム・ラグがあります。),いずれの場合も,私が感動したこと,喜んだことは変わりありません。それ以上何が必要かなと,ちょっと思ったりしますが,世の中,遺伝病などの制約もあって,真剣に男女産み分けを求める方々もおいでで,その場合は,in vitroでの作業を考えるべきでしょう。そのニーズに応えるというのが,今の経済活動を無視できない医療現場の考え方なのですから。
 多くの夫婦にとって,生まれ出でる子の性というのは,多少の希望は意識としてあったとしても,実は本質的な問題ではないのですから。どっちだって子供は生まれてくれればかけがえのないもので,嬉しいものです。我が家も3人目,娘を求めていたように私の両親は深読みしたらしいですけど,娘だったら,面倒見の良い優しい兄二人に対して兄弟の生活に多様性が増すし,男3人になったら,それはそれで,楽しくなるとしか思いませんでした。
 ムツゴロウさんのようにユーモアをもって解決か,「膣頸部粘液説」に従って上手く産み分けに成功したら,オレが偉いと勝手に思っていても良いと思います。ただ,過剰一般化はしないように。そちらの方で産み分け指導をされている産科医の先生は,Clutton-Blockのモデルを借りて改変したようなものを,実際にデータを取って作ってみられたらいかがでしょうか。
 生まれる子供の性の予想確率早見表を力業で作れば,冗談グッズとして売れるかも。今時,天気だって降水確率で危険回避するご時世だから,この理屈を率先されている産科の先生も,それならクレーム来ないんじゃないかな。

横軸に      いかないよ← 0 + 0.25 + 0.50 + 0.75 + 1.0 →いったよ

 と軸を置いて,縦軸に生まれた子の性比が落とされたプロット・データの予測の曖昧さを考えたら,これから子作りに励まれる,或いはまだその意図がありながら授からないカップルにおきましては,お二人でネタとして笑い飛ばして,外野の雑音などには耳を貸さず,どうかリラックスしてお二人にとって良い結果を得られますことをお祈り申し上げます。

追記ーあっさり妊娠されたら,その場合は,女の子の確率が高く,なかなかご懐妊されず,最後の最後にどこかでさぼっていたコウノトリがおいでになろうという状況では,男の子が生まれる方の確率が高い,これは,どうやら信じて良さそうです。これは,そもそもお母さんの方が,女の子を産みやすいか男の子を産みやすいか,最初から傾向が分かれるようにも感じられるお話ですが,この違いを説明するに膣内粘液仮説の掌にある以上は,なかなか妊娠しにくいというのは,お父さん側に磁気嵐を弱める能力がないのねとかいわれてしまう可能性もあるわけですな。
 Clutton-Blockの仕事も,まさか,交尾頻度に比して,なかなか妊娠しない雌の方が何かの理由で社会的地位が高くなる傾向があったりすると,原因と結果が分からなくなる可能性も出てきますが,これは,まぁへ理屈かな。

追記2−やはりそういう話は,通説として一般化して、血液型性格診断のごとく、信じてしまっている人もおいでのようです。
女性がイかなくても男の子を妊娠した方いらっしゃいますか?
 αブロガーのdan氏の「単に上手に騙されてるんじゃないの?と言われて「いや!ちがうよ!ほんとにいかせたよ!」と言い切る自信はないなあ。数なら結構こなしてるんだが。」というエントリと「これひど」のエントリは明らかに矛盾するのがお分かりだと思います。私を含めて,お父さんには真実は語れないのかもしれませんね。
これひど - オーガズムと男女生み分けの関係
一回?一発?一交?

 ちなみに我が家は,息子三人ですが,間違っても勝利宣言?なんぞする気がないことを記しておきます。

Commented by nezumineko at 2008-02-19 23:57 x
座り込みながらも警戒中なのですよね。
シカ、サル、謎の巨大ネズミ、電柱のリス、道路を猛スピードで横切るカメ・・・それなりに野生?動物に遭遇しますが、ほとんどシャッターを切れたことがありません。
Commented by complex_cat at 2008-02-21 18:34
nezuminekoさん,ここのシカは,とろい携帯でもアップで撮れます。問題になっている人工給餌で,完全に餌付けされています。御陰で,周囲の植生はボロボロ。
Commented by matasaburo at 2009-03-13 11:21 x
complex cat様

はてなのid:matasaburoです。論文まで教えていただいてありがとうございます。わたし自身は大学時代の教養の生物で性比に関するフィッシャーの原理というのを知って、性比1:1というのを素朴に信じておりました。なのでサイエンスの記事を見たときにへえっと意外に思って印象に残っており、今回complex catさんの記事を読んでそれを思い出して、厚かましくも質問いたしました。Clutton-Block論文(わたしはもちろん知らなかったのですが)は、20年以上前の話なのに、生理的なメカニズムは分かっていないのですか。これはシカ以外でもそうなんでしょうか。素人的にはちょっと不思議な気がいたします。

これからも面白い記事を楽しみにしております。
Commented by complex_cat at 2009-03-14 16:06
matasaburoさん,精子に二形があるのがおそらく産み分けのメカニズムと関連があるのかもしれませんし,多頭を含めて機能のわかっていない異型配偶子はたくさん混じっていてこれも関係あるかもしれません。膜翅目のようにデジタルに切り替わりません。いずれにしても確率的生みわけです。
 また,生みわけの戦略の有無と性比,特に繁殖参加個体群性比(Operational sex ratio)は別に考えねばなりません。
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by complex_cat | 2008-02-18 16:18 | Oracle of Cat King | Trackback | Comments(4)

Necology(=猫+Ecology) and Nature Photo Essay, Camera classic, Martial arts & etc. 本サイトはhttp://complexcat.exblog.jp/です。画像はクリックすると大きくなります


by complex_cat
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31