気の体感方法と諸問題1
2008年 07月 07日
また,それが真に不可思議なものであったとしても,神秘体験可能なことと,その団体組織製品の価値とは全く関係ないどころか,逆にそれを売り物にするような輩の方が自らが危ないと喧伝しているようなものだということは知っておかなければなりません。
それでは,とりあえず,以下は初歩的な発気の方法です。
科学ブログでランキングトップの座をディフェンディングされているg-hopさんのブログで,一度,この境界領域的な「気」を扱った生命科学分野の論文紹介がありました。ぎりぎりネタなのかどうなのか,g-hopさんにとっても悩ましいレベルのお話なのですが,今回,気を体感する方法を書かねばと思っていて,そこで,いつもの私の冗長なコメントとg-hopさんのやりとりで既に書き散らしていたのを思い出しました。
エキサイトの検索はへたれで,全く役に立たないので,ググって見つけました。
引用します。
Commented by complex_cat at 2007-01-04 14:52 x
またまた,過去の鉱脈発見。過去ログ・レイダースでございます。
失礼ながら,再びTB失礼いたします。
ウン十年前は,まともな科学雑誌も,お茶目をしていたという話です。ちょっと工作すれば,あなたのサイキック能力を検証できます。
これは,過去記事のψモーターのエントリーからのTBについて申し上げている部分で,気とは直接関係ありません。情報リテラシーなど今よりもずっと酷いと思われる時代,偽科学に引っかかった科学雑誌のお話です。
気は,武術関係逃げられないようでいて,まともな師は,一切言及しません。反射神経を超えた反応みたいなものを見せられたりしますし,驚くことは多々ありますが,飽くまで武術は物理法則,身体コントロールの分野のみで弟子を導きます。いや,例外もおられましたが,これは,一種の同調能力なので,物理的に影響を与えるなんてできない話です。
これは,私の最初の師が懇意にされていた新軀道の青木先生の弟子を使った稽古における遠当ての術で,脳波がシンクロして倒れちゃうと云うやつです。脳波云々は,多分ソース無しで喧伝されているだけだったかも。興味深いけれど武術的には全くもって関係ない技ではあると青木先生も仰ってます。
以下に,気を体感する方法です。少し文章を弄りました。
私だって,相手の掌との間に,蒟蒻のような粘りけのある物体があたかもあるような感覚を感じることが出来ます(これ,普通にやっていると誰でも分かります)。目をつぶっても押したり引いたりが分かるのですが,熱線感知を物理的な圧力と勘違いするのか,十分検証なしでは,だから何なのという感じです。少なくとも,マスコミでの扱いは,痒いところに全然手が届かず,一度NHKでもやった気の特集番組は,今のマジックショーレベル以下でした。
普通に「内家拳でも外家拳でも練習」やっていると感じるようになるという意味です。私は出来ませんが,日本古武道でも空手でもいけるかも。マスコミで気を扱った事例としては今から20年近く前にNHKが少しオーバーランした経緯がありますが,その時もいわゆるヒーラーとしての気功師ばかり扱っていて,強力で迅速な「発気」を可能とすると言われている武術気功については,概念も情報も持ってなかったのでしょうね。全くスルーでした。
「気」は気のせいレベルの感覚ではなく,物理的圧力として感じることが出来ます。少なくともそっち系の同調圧力とは無縁の私の場合,物理的圧力として感じることができずに「なんか温かいですぅ」なんてレベルだったら,最初から気にしてません。そう,気だとは思っていません。人間は生きている限り熱線を出してますから。ただ,その熱線感知を,物理的圧力と誤認する仕掛けがもしかしたらあるのではないかというレベルで止まってます。いわゆる眩しいという視覚情報を鼻腔への刺激と脳が勘違いしてくしゃみが出るとか五感における錯覚というのは,私たちの体においては普通に存在するのですから。目に見えない蒟蒻状のものを掌の間に感じるからと言って,直ぐに神秘体験にしてしまっては,危ういですし,魅惑的な体験ならば,なおさら,そういう拙速なカテゴライズはモッタイナイですね。
Commented by g-hop at 2007-01-05 15:28
complex_catさん
過去ログの発掘ありがとうございます。じゃんじゃん掘ってあげてください。この論文は偶然見つけたのですが、すごく印象に残っています。本当に色々なラボで追試していただきたいものです。
手のひらの間のコンニャク状の感覚ってどうやったら感じさせられるでしょう? 文章では説明不可能ですか?
Commented by complex_cat at 2007-01-07 23:23 x
ええと,時間があるときに整理して書いてみます。簡単に書けば,1)対向した両手の五指を曲げてゴムチューブで相互に繋いだ感覚を持って,指の腹を着けないように僅かにすりあわせるように数十秒緩やかに回転させる。2)手の指を伸ばしながら,そのゴムチューブをそおっと千切るイメージで指を揃えて伸ばす,千切られたゴムチューブが手のひらの間に落ちてくるのを手のひらで挟み込むようにする(するとそこに目に見えない蒟蒻が・・・あるはず)。
これを,站椿と呼ばれる,立禅の姿勢のまま行う。てなところです。飲んだ席でやって数人が,あれッ?と感じたりしてました。
「気」と呼ばれるものの体感が,何なのか,感じているいるから存在するなどと云うレベルの話ではどうしようもないという立場を取っているので,そこから話が進めるのは容易でないことも確かです。また,日本古武術における「気」は,中国武術の「気」と「勁」の両者が混ざっております。長くなるので,別の機会に。
私は,地磁気の流れに対する感知能力についてのJ. Mamm.の論文が印象に残っています(対象哺乳類はPeromyscusだったと思うのですが・・・忘れました)。ほんまかいなという意味で。その後,その分野の研究の続報,傍流についての論文は見たことがありません。
結局,その後も整理するのが面倒になったのですよね。それ故の人様のブログに描いたコメントのやりとりの引用です。というか書き直してもこれ以上の説明はテキストでは無理かなと思ったりしております。
ちなみに,これは,私が自分で発見したものではなく,中国武術のサークル(一応,私が主催者,代表だった)のそっち系の感覚が当たり前という後輩が,套路(型練習)をやった後,なにげに教えてくれたものです。
「お,c_Cさんも出てますね。流石,結構強いよ,ほら。」
と手を翳してきた瞬間,
「(なに?)」と自分の手にじわっと磁石のSN極が反発するようなぐねぐねした感覚を知らしめられて,思わずどきっとしたら,
「あれ,知らなかったんですか?」
「うん。これ・・・気だよね。やっぱし。」
「ですよ。套路で気を練った後は強力に感じますけど,直ぐに消えちゃいますね。」「あ,消えかかってる。消えそう。」
「講義中でもごねごね鍛えながら手の中で廻して鍛えてますけど,レポートの話とかに集中したら一瞬で消えます。」
「そうなの? 俺,初体験。」
「え〜?中武の主将ともあろう方が?」
「だって,俺,神秘体験無縁だもん(言い訳になってない)。まともな瞑想の本にも変な体験したら直ぐに忘れろって描いてあるし,そっち系の才能は俺,無縁だし,皆無だ。(多少パニックになっているような物言いですが,いつもこんなものなので。)」
「站椿とか,攬雀尾とか,健康太極拳やっている人でも気のでかいボールを本当に感じてやってる人多いですよ。」
「そうなの。俺そっち系は苦手だから。実際にぶん殴ったり殴られたりするのしか分からん。」
「うちで太極一番まともに習っている人c_Cさんだけでしょ?(当時既に,サークルの主要武術は,指導を頂く師が代わることにより八極拳系に大きくシフトしつつあった) 困るなぁ。」
「俺の老架の小架だから。」
ちなみに老架とは,より古式の型をそれより後の新式=新架に対して使う言葉。まぁ古来の型としてよいでしょう。小架というのは,練功を重視したスタンスの広い型=大架に対して,より実践的な使用を目的とした狭いスタンスによる型;当時,日本では,ほとんど知られていなかったより実戦型の陳式を習っていたと言いたいだけで言い訳になってない。
「聴勁とかで感じません? 気が分からないで聴勁できないでしょ?」
これは,ちょっと言い過ぎ。聴勁とは相手の攻撃を読む能力。畳半畳内で連続して受け身の取れる古武術の達人の聴勁を見せて貰ったことがありましたが,かならずしも気で説明する必要はないのでした。その方は何度どんなタイミングで拳を出しても全部,簡単に外していましたが,師によればタネはあるということでした。
「あれは,俺の場合皮膚感覚以上のレベルにないもん(このあたりでどっちが主将か分からない)。分かる気があるときもあるけど,気のせいだと・・・」
「そうじゃなくて,「気」のせいですよ。」
「そうかぁ。」
追記ー後輩の功夫は,私より上で,一度だけ,かなり本気で何でもありの組み手をやったときに,彼の某実践系中国武術の蹴りは,空手系の回し蹴りとかとはぜんぜん異なる軌道を描いて私の左あばら骨二本をへし折りました。で,試武の二本目は私の独立歩から繰り出す大好きな密着したままのアッパーカット風の抜き手で彼ののど笛に突き刺さって,1勝1敗。これは,これ以上やると,多分,どちらかが入院する羽目になるなと思って,止めました。
思い出して書いていますが,多分この会話のすぐ後におっぱじめた記憶があります。なにか,感応しちゃっていきなり始まってしまった。直後に彼は就職試験,私は博士後期家庭の院試験があって,それなりに困ったものです。馬鹿? 馬鹿です。
ともあれ,今でも,套路で内気を練ると調子の良いときは30cmぐらいのでかいボールを挟んだような感覚が得られます。人の体の悪いところにさっと手がいくとか,鍼灸治療やっている人はごく当たり前。そういった感覚があることも確かです。
Commented by g-hop at 2007-01-09 12:49
complex_catさん
ご教示ありがとうございました。一生懸命やってみましたが、できませんでした。何か間違っているのかも知れません。呑むとわかりやすくなるのかも知れませんから今度軽く呑んでやってみようと思います。
Commented by complex_cat at 2007-01-09 13:53 x
書き忘れましたが,感覚部位は,掌と書きましたが,正確には五指のの付け根当たりです。
Commented by g-hop at 2007-01-09 18:04
complex_catさん
多分、ゴムチューブで相互に繋いだ感覚というのが私には上手くできていないのだと思うのですよ。ゴムチューブで特訓しなければなりませんかね。
Commented by complex_cat at 2007-01-10 15:27 x
あまり書くと芸風が変わりますので(笑)
ゴムチューブは,多分助けにならないと思います。
聴勁といって,相手の力の発動を読むトレーニングとか,いろいろありますが,結果としてこのような感覚が着いてくるところしか経験がないので,これを感じられることを目的としてやったことはほとんどないのですよ。仰るとおり,飲み会の座興でなんか見せてみろと言われたときのものです。私のはへなちょこですが,拳については,練習も人に見せることを師に禁止されております。
Commented by g-hop at 2007-01-10 18:14
complex_catさん
コメントありがとうございます。わかりました。難しそうなので諦めます。ゴムチューブはまだ買っていなかったのでよかったです(笑)。
ゴムチューブ・イメージによる誘導は,経験上一番,認識して貰える確率が高いので,使っていますが,最適解ではないと思います。ここで把握までコムチューブで繋がっているとイメージすることが重要で現物のゴムチューブを使えば,余計なノイズになるだけで返って出来ないでしょう。
さてこの気を感じられるようになった状態の人の掌に対して,同じくその状態の私の掌を合わせていきます。同じように二人の掌の間に「蒟蒻」が感じられます。
ただ,ここで「熱い」熱線を強力に感じる人が居たり,指先がぴりぴりするとか,私の掌の方から「風が吹いてくる」と表現された人が居たり,認知するものに対しては,結構なぶれやレベルの違いのような現象が存在します。同じものを一緒に感知していても生じるところで,実は,認知能力によって違いが生じるということは,ある「幽霊」が別の人にはバットマンに見えたり,スパイダーマンに見えたり,単なる風による揺らぎだったりというわけで,共通認識に基づく客観的存在とは,違うのではと云う気がするでしょう。
この時点で,掌からの放射される熱線に対するなんらかの誤認識が生じている可能性を私は感じましたが,これについては,結論が出てきません。というか,結論まで明確な実験的道筋としては,中途半端なものしか提示できない。それは,その存在がグレーゾーンだからというわけではなく,前処理やデータをどうパラメトリックにしていくかという作業手順がかなり煩雑でやっかいだということに尽きると思います。それで論文書いている分野ならやりますけど,サンプルを揃えるだけでも作業は半端ではありません。
足の裏などはかなりの放熱をしている場合に手を近づけても同様の感覚が得られますが,軀の部位によって余り押し返してくる力に違いを感じないときとそうでないときがあるのです。
また,掌の間に空気が存在して,押した場合その大気の感覚を感じているというわけではありません。それだったら,木の板でもなんだって同じような感覚が生じないといけないのですが,同様の感覚は絶対にありません。また回転する扇風機の前で掌を合わせても,そのグニャグニャを感じることが出来るので,大気の流れか何かを誤認識しているるわけではないようです。可能性としてはラジエーションですね。正直申し上げれば,そっち系の興味はあんまり持てなかった朴念仁なので,気と言ってもその辺りだろうと,文字通り気のせいで私は済ませてきたのです。それで,襲いつつある凶刃から身が守れるわけでは無さそうですし,相手も吹っ飛んでくれたりしませんから。凶悪犯に掌をかざせば,「温か〜い」と気持ちよーくなって,その場に寝てくれるならば使い道はあるかも知れませんけど,正直,そんなものに時間を割いているどころではなかったのでした。
猫が感じるかなと思って掌を近づけてみたりしますが,彼らは,気流の動きの変化を敏感に感じるので,ノイズ無く実験をするのは扇風機実験を美味くアレンジするしかないかも知れません。また,私と同様にグネグネ感が強力に安定して出る人には,二人の師か一緒に練習していた後輩以外には出遭ったことがないので,現時点では,十分な検証実験を諦めています。勿論,結論を出すべき状況となれば,それこそTVで扱うような半端な実験は問題外だと思っています。
バナナに発気して,腐るのが遅くなるか試す気もありません。そもそもそういう過程や仮説を立てるべきメカニズムや正体に関する材料がないから,やる意義を感じないのです。園芸業者が花を大きく咲かせるために気を当てるようなポーズをして花をなで回すという話を聞いたことがありますが,実際には特に植物は多様な物理的刺激によりエチレンが放出されて個体の状態が変わるのを植物生理学の実験で見て知っているので,「発気」による効果検証が一筋縄でいかないのを理解しているつもりです。哺乳類なんぞ,飼育係の僅かな手順や作法が変わっただけで繁殖成績が変化することだってあるので,生物を使った実験というのが,どれくらい本人が思っている以上にそのものの効果を測っているか,相当な注意が必要です。メカに言及できない実験は,その後の手間を考えても,不用意に関わるのは帰って混乱を招きます。
水伝など,実験という評価でもなく,科学音痴のおっさんの遊びを,未科学だと喧伝している詐欺行為ですが,気功についても同様のツールに成り下がる可能性があると思っています。人心を惑わして,詐欺師が跳梁跋扈するのに手を貸すだけというのは最悪です。
だから,適当なことをやって,この分野の情報開示には寄与しないでおこうと思いました。研究者は何もやっていないと言いつつ,それなりに遊んでいるので,呼び予備実験みたいなもので,サイキック詐欺ハンターとしてばっさりやるためのナイフは,暇なときに研いでおく。そして本当に解明できない可能性の高い神秘部分を見つけたら,それは,自分の子供にも伝えません。そうするつもりです。いわば,このエントリは寸止めです。
本来,瞑想法や気功についての優れた師父は,「神秘体験をしたら忘れろ」と教えます。本当にそれが神秘体験なのかどうかという問題がそれ以前にありますが,神秘体験だと思いこんだ事件に意味があると思いこませ,それをいつでも見せることができる,或いは自分に着いてきたら,神秘の力をトレーニングでえることができると喧伝して,あたかも自分や自分の主張する「宗教」という名を借りた詐欺商売がホンモノで,価値があるものと思いこませるのは,まさしく,どこかの宗教に名を借りた詐欺集団しかやらないことです。
気功は,実際のところ治療や中国武術理解におけるツールとして,機能している側面があります。ただ,私自身は,それ自体を特別なものとしてトンデモリーグに利用されるのは,宜しくないと思っています。私の場合は,その手の輩は,なぜか私を強力なサイキックだと勝手に信じ込んでくれるようなので,楽しい体験を沢山させていただきました。それは,私が冗談で手翳しをすると,おびえたように逃げていくなどの事件などです。或いは,霊能者の方が,私にはバリアーが出来ていて,私の情報が読み込めないなどと「批難」してこられるので,「あははは,分かりますか?」などと勝ち誇ったように話にのってあげて,多分中国の特殊な武術を修行した経験があるからでしょうといったら,その霊能者の方は,さもありなんと「それだよ,それ! そんなものやるからだ。」とまた怒られたりしたので,喜んで良いのか悪いのか。
白状すれば,体がずずっと捻れて悪い部分が治っていくという,気功治療の現場も見聞きしておりますし,私の二人の師も,そっち系のヒーラーでした。しかし,それ故,そんなに気功にまつわる超常現象として喧伝されるほど確かなものがあるわけではないのだということを知ることになりました。
内功との関連についても,自分の中では結論など,何も出ておりませんから。
発気について「発気用意・・・残った」という相撲のかけ声は,そっちから来ていると言われていますが,これも検証していません。本当だったら,強力な武を試合化したものなので,雰囲気としては「発勁用意」なんですけど,日本語には「発勁」はないから。
(続く・・・はず。画像は尻尾に気の通ったようなチコと,デジタルビデオの悪戯でUMA騒ぎになったフライング・フィッシュ様に訪灯昆虫を写してみました。大抵の超常現象には種があるものです。)
うむむむ、ちょっと興味ありますね。
私は霊能や宗教や超常現象に全く興味がないタイプですので、もし、こんな側面から検証が進んだらと思うと興味深いです。
手のひらの間のコンニャク状の感覚、練習してみます。
私も,神秘主義とは無縁なので,知覚の何がそういう物理的な圧力として感じてしまうのか,興味深いところだと思っています。
一つアドバイスさせていただくと套路(中国武術の型練習)をやった後は,巨大なボールを感じたりします。
別の運動をなんでも良いからやってみてクールダウンする前におためし下さい。ひょっとしたら類似の効果があるかも知れません。Wii SportsのBoxingとかいいかも
それでC_Cさんが書かれている方法を試してみました。
気持ちは、集中させた方が良いのでしょうか?
蒟蒻の感触までは感じないのですが、
指先から熱気のようなものが出ているのを感じます。
運動してなくても、手のひらを擦りあわせてから、一度手を離して、
段々と手のひらを近ずけていくと、手の間に反発が生まれます。
最初は幅1センチくらいの所で感じれる程度だと思いますが・・・
慣れて来ると5センチくらいまで分かるようになりました&反発でなく、引き合うような感覚の事もありました。
ヨガをしていた時に憶えましたが、だから何という事もありませんね・・・これを活かす方法なんて、とんと分からないのが現状です(爆!!)
怪しい事でもなく、奇跡でもなく、普通の事だと認識してます。
ちなみに仏教関係のレクチャーにも確かありますので、中国の気孔といい、歴史としては深いのかな?と・・詳しい知識は無いので(^_^;A
恐らく,中国武術用語で内気を練るようなトレーニングをする場合,直ぐに感じられると思いました。しかし太極拳を演舞してとかヨガをやってみてとか書くと,試せない方もお出でなのと,それやらずにいきなり発揮する状態も人によっては確認しておりましたので,あえて,そう書かなかったのですが,恐らくそれが出来る方なら,その方が確実だと思います。
私の場合,一番キツイ演舞をすると30〜40cmぐらいの感覚でぐにゃりとしたものを感じることが出来ます。明日あの人と打ち合わせあったなぁとか思うと,しゅるしゅると消えていきますけど。寧ろそちらの方が不思議です(笑)。
効果については治療の環境にいない人間では,まともな二重盲検法などするのは不可能です。
実際のところ,若かりし頃,相手がやむにやまれぬ状態で半信半疑ながら,催促されて思わず「手当」をしたこともありますが,結果としてキリストみたいなことは出来たわけではありません。まぁ,自分の手が劇的な治療効果を引き起こせるなら,わたしゃ,今頃は神さまですけど(笑)。
30〜40センチは、すごいですね、せいぜい5センチが関の山でした。小さいので消える時は「ふっ」って、無くなります(笑)
気巧治療なんてとんでもない!! 凡人には無理です!!
ただそれがどのように喧伝されるかということにおいて,利害関係が存在する方の言説には注意が必要だと思います。ある程度は明確に白黒つける方法を検討するというのが,世の中のことを考えれば必要な姿勢だと,私は思っております。
マジシャン・フーディニーは,母の降霊ができるといいはる霊能者たちに対して憎しみに近いものを持って,そのインチキを次々と暴きました。私は,その考え方は,どちらかというと健全だと思う人間です。
武術にもインチキが沢山あります。徹底して疑う方が,ピュアなものが残ると思いますし,その方が優れた先人に対して失礼がないと思います。
神秘分野とされるものも,猫柳さんが,そんなものだとされたように,分からないものは妙な言説を信じないで,そのままにしておくという姿勢の方が健全ですよね。
自然科学など,直ぐに解析できないことの方が多いので・・・私はその方が楽しいです。